日本の内閣総理大臣はなぜ短命なのか

日本の内閣総理大臣がなぜ短命なのか考えてみました。


日本の総理大臣の在任期間は平均2年2ヶ月
まず、総理大臣の在任期間について考えてみます。片山哲が首相に就任してから鳩山由紀夫が退任するまでの日数を数えると23381日、およそ64年です。その間、29人の首相が退任しました。一人あたりの在任期間は、平均806日、2年と2ヶ月くらいに過ぎません。
在任期間が3年を超えたのはわずかに5人です。戦後復興期の吉田茂、高度経済成長期の岸信介池田勇人佐藤栄作、バブル期の中曽根康弘、そして小泉純一郎です。
比較のため他の国のことも書いておきましょう。アメリカは大統領制の国ですが、ほぼ同じ期間に就任した大統領は12人、在任期間は平均で5年5ヶ月くらいです。イギリスは就任したばかりのキャメロン首相を除くと13人、平均在任期間は5年ほどです。フランスの大統領は8人、平均在任期間は8年を超えます。他にも大国と呼ばれる国は、基本的に政権は長期間安定しています。
先進国ではイタリアは政権がとても不安定な国として有名です。戦後38回政権交代しており、首相の平均在任期間は1年8ヶ月程度です。ただ、近年はベルルスコーニが長期政権を維持しており、安定しています。


総理大臣はどうして辞めるのか
退任の直接的理由を見ていくと、病気(病死含む)が6人、権力闘争の敗北が5人、直近選挙の敗北が4人、選挙前の支持率低下が4人、金銭スキャンダルが3人、その他何らかの責任を取って辞任したのが2人、高齢などの理由での自発的辞任が2人、長期政権の末の自発的辞任が3人となります。長期政権を実現して自らの意志で退任したと言えるのは佐藤栄作中曽根康弘小泉純一郎の3人だけです。


病気で辞めた人が6人
では、退任理由について少し掘り下げて考えてみます。退任理由の1位は病気で、6人が病気で退任しています。総理大臣に就任する時点で既に高齢であることが大きな要因といえるしょう。日本国憲法下の総理大臣の就任時の平均年齢は61歳です。
アメリカ大統領の就任時の年齢は平均でおよそ56歳です。アメリカでは、戦後、病気で退任した大統領は一人もいません。
その他の国でも、民主主義国で国家の最高権力者が病気で退任するというのは非常に珍しいことです。日本のように最高権力者が時々病気で辞める国は聞いたことがありません。


選挙が原因で辞めた人が8人
次に、直近の国政選挙に敗北したために辞めた人が4人おり、国政選挙前に支持率が低下したために辞めた人が4人います。いずれも国政選挙が原因ですので、国政選挙が原因で8人の総理大臣が辞めたことになります。日本では長期にわたって政権を維持するうえで国政選挙はとても高いハードルなのです。
これは議院内閣制における政権の不安定さを示しています。議院内閣制という制度では、国政選挙で勝ち続けなければ政権を維持できません。日本国憲法下では23回の衆議院総選挙と21回の参議院通常選挙がありました。合計すると44回ですので、平均するとおよそ1年半に1回の国政選挙があったことになります。そしてこれらの選挙の結果が、その都度、政権の存否を決してきたのです。国政選挙が頻繁に行われれば、与党が負ける頻度も上がります。国政選挙のスパンが短いことは政権が長く続かなない理由のひとつと言えるでしょう。
これに対して、アメリカ大統領は議会選挙の影響を直接受けることはありません。法案の成立が困難になるなど政権運営が難しくなりますが、議会選挙の敗北によって政権が崩壊することはありません。現に議会選挙に負けて辞任した大統領は一人もいません。
イギリスは2院制を採用していますが、貴族院には選挙がなく、また形骸化しています。庶民院は任期が5年でおよそ4年に一度総選挙を行っています。首相が解散権を有しており、いつ選挙をするかを決めるのは与党に主導権があります。そのため、通常は与党に都合の良い時期に解散します。


権力闘争(派閥争い)に負けて辞任した人が10人
次に、総理大臣の辞任理由として目立つのは金銭スキャンダルや政治的混乱の責任をとって辞任したケースで過去5人います。これらのケースでは、近くに国政選挙の予定はないけれど、政局が混乱し安定した政権運営が困難になったために総理大臣の辞任に至っています。政局の混乱とは政権与党の安定多数の支持を得られなくなった状態のことですが、実質的には権力闘争に敗北したといえます。そのため、国政選挙の結果とは関係のないところで、国会議員同士の権力闘争に敗北して辞任した総理大臣が10人いることになります。
日本の議院内閣制は、総理大臣の地位は衆議院過半数の支持に基づき、衆議院不信任決議によって政権が崩壊します。内閣総理大臣は、その在任期間を通して常に衆議院過半数の支持を得続けなければなりません。
そのため、議員の集団(派閥)の力が極めて強くなります。近くに国政選挙がなくても、内閣が何か失敗をすれば身内が反乱を起こし権力闘争へ発展することがよくあります。
アメリカなどの大統領制では、大統領は国民が直接選ぶので、権力闘争に巻き込まれることはありません。
イギリスは日本と同じく庶民院が首相を指名し国王が任命します。庶民院内閣不信任決議をするができ、可決すると内閣が総辞職するか庶民院を解散する点も日本と同じです。そのため、イギリスでも庶民院の任期満了が近づくと権力闘争が起きやすくなるようですが、長く2大政党制を維持してきた国ということもあってか党執行部の力が強く、日本ほど権力闘争が激化することはないようです。(現在、イギリスは2大政党制ではなく、保守党、自由民主党労働党の3党が存在し、保守党と自由民主党の連立政権となっています。今後、権力闘争が激化するかもしれません。)


最後に、自発的意思で辞めたといえるのは5人だけです。その内3人は長期政権を実現した後に退任しましたが、この3人は奇跡的な存在と言えるでしょう。


なぜ日本で長期政権が実現できたのか
長期政権を実現した5人を見てみましょう。先にも書きましたが、戦後日本で長期政権を実現したのは、戦後復興期の吉田茂、高度経済成長期の岸信介池田勇人佐藤栄作、バブル期の中曽根康弘、そして小泉純一郎です。この5人に共通して言えるのは、アメリカとの関係が良好だったということと景気が良かったということです。
この5人の総理大臣は、それぞれ日米関係と景気対策を重視して政権を運営していたといえるでしょう。この点は今後の総理大臣や閣僚が自ら努力できる部分といえるかもしれません。
しかし、対米関係はアメリカの政権や政策に大きく影響を受けます。5人の首相が在任していた時期は、偶然にもアメリカが、朝鮮戦争ベトナム戦争、冷戦、アフガン・イラク戦争といった「戦時下」であり、戦争遂行のために日本の協力が不可欠な時代でした。また、アメリカとの緊密な関係から、日本の景気はアメリカの政策や景気に左右される部分が大きく、日本の努力だけではどうにもならない事が多いのも事実です。


国政選挙のスパンを長くする
次に、構造的な問題を考えてみましょう。まず、国政選挙のスパンを伸ばすことが考えられます。現状のおよそ1年半に1度国政選挙が開催されている状態では、政権の長期的な安定は期待できません。一度政権を取ったら少なくとも2年は国政選挙がない状態にすべきです。例えば、現在、参議院は3年ごとに半数を改選していますが、これを6年ごとに全員改選することにすれば、選挙のスパンが平均2年5ヶ月くらいになりますが、これくらいが理想的でしょう。


権力闘争を防止するには
次に、議員同士の権力闘争をどのようにして防ぐのかが問題になります。権力闘争が起きるのは、内閣総理大臣が議員の互選で選ばれるからです。議員が内閣総理大臣を選ぶ制度だから派閥が力を持つのです。首相公選制を採用すれば、派閥は力を失い議員が派閥争いをする意味がなくなります。
また、衆議院内閣不信任決議が有する法的拘束力を失わせるということも有効でしょう。衆議院で内閣不信任案が決議されると、内閣は総辞職するか解散するかの二者択一を迫られますが、一度選んだ総理大臣をいつでもやめさせられるというこの制度は、権力闘争を常態化させます。この制度を廃止すれば任期の途中で権力闘争が起きる可能性は低くなるでしょう。



憲法改正が必要
日本の政権が短命なのは、選挙のスパンが短く内閣総理大臣の地位が制度的に不安定だからです。しかし、選挙のスパンや議院内閣制は憲法で定められていることなので、内閣総理大臣の地位を制度的に安定させるには憲法改正が必要です。憲法改正には両院の議員の3分の2以上の賛同が必要となりますが、両院の議員が自らの権限を縮小するような憲法改正に賛成するというのは現実には難しいものがあります。
そうすると、日本では、今後も政権の安定はあまり期待できず、アメリカとの関係が良好で日本の景気が良い時期(つまりアメリカが戦争をしている時期)に限って奇跡的に政権が安定するという状態を我慢せざるを得ないのかもしれません。


内閣が短命なのは国民とマスコミの責任ではない
最後に、国民やマスコミが悪いのでしょうか。ネットでは「国民やマスコミが悪い」という主張が多く見られます。象徴的なつぶやきは「公約を守ろうとすると考えが浅いと言い、守れないと公約違反と言い、辞めないと批判し、辞めようとすると投げ出すのかと言う。こんな民衆のために政治家になる人は今後ほとんど出ないだろうな。」というものでしょう。一読すると核心をついているように見えるのですが、では国民やマスコミはどうしたらいいのでしょうか。


日本は自由主義の国ですから、政権与党が何をしても国民は黙って我慢すれば良いというものではありませんし、マスコミが世論調査を辞めて翼賛報道に徹するなどありえないことです。
アメリカやイギリスの国民やマスコミは世論調査の結果に基づいて政権批判をしています。日本以上に批判的な報道もなされていますし、政権の支持率の低下もみられます。しかし、日本のように簡単に政権が崩壊することはありません。
日本の国民やマスコミの行動と、アメリカやイギリスのそれとの間に、それほど大きな差があるとは思えません。


長期安定政権を維持する国では、国民やマスコミの批判だけでは政権は崩壊しない構造になっているのです。一時的に国民やマスコミの批判が集中しても、構造上それを乗り切ることができるようになっているのです。
日本の政権が短命に終わるのは、国民やマスコミの批判にさらされると簡単に政権が崩壊してしまうからです。選挙スパンがとても短いため支持率下落が政権にとって致命傷となり、わずかな失政で権力闘争に発展してしまうといった「構造」に問題があるのです。


(参考)日本の総理大臣の在任期間と退任理由

1 片山哲 292日 権力闘争で敗北
2 芦田均 220日 金銭スキャンダル
3 吉田茂(第2次〜第5次) 2616日 不信任案提出(可決確実)
4 鳩山一郎 745日 病気
5 石橋湛山 65日 病気
6 岸信介 1241日 日米安保の混乱
7 池田勇人 1575日 病気
8 佐藤栄作 2798日 長期政権の末の自発的退任
9 田中角栄 886日 金銭スキャンダル
10 三木武夫 747日 衆議院議員総選挙敗北
11 福田赳夫 714日 当総裁選に敗北
12 大平正芳 554日 病死
13 鈴木善幸 864日 自発的辞任
14 中曽根康弘 1806日 長期政権の末の自発的退任
15 竹下登 576日 支持率低下(参院選挙前)
16 宇野宗佑 69日 参議院選挙敗北
17 海部俊樹 818日 海部おろし
18 宮澤喜一 644日 不信任案可決
19 細川護熙 263日 金銭スキャンダル
20 羽田孜 64日 不信任案提出(可決確実)
21 村山富市 561日 自発的辞任
22 橋本龍太郎 932日 参院選敗北
23 小渕恵三 616日 病死
24 森喜朗 387日 支持率低下(参院選挙前)
25 小泉純一郎 1980日 長期政権の末の自発的退任
26 安倍晋三 366日 病気
27 福田康夫 365日 支持率低下(衆院総選挙前)
28 麻生太郎 358日 総選挙敗北
29 鳩山由紀夫 259日 支持率低下