民主党のCMと差別

ちょっと気付くのが遅かったのですが、今後のこともあるので一応記事にします。まず、民主党の選挙CMを見てください。

わからなかった人は、もう一度、菅直人総理の拳に注目して見てください。どうも不自然ですよね。これ、小林よしのりゴーマニズム宣言で書いていた、あれですね。普通の握り方をすると、指が5本映らないので、不自然な握り方をしているわけです。指が5本映っていないとその筋の人からクレームがつくって本気で信じているのでしょう。でも実際はクレームなんて来ません。角度によって指が何本見えるかなんて単に見え方の問題であって差別とは全く関係ないのです。アメリカ映画をみればわかると思いますがそんなこと全く気にしていませんし、それを日本で上映してもクレームなど来ません。当然です。


こういう不自然で過剰な行為をするのって差別を余計根深い物にしてしまうだけだと思いますね。

佐ノ山親方(元千代大海)はアウトに決まってる

選挙も終わってあまり大きな動きもなく、ボーっとしております。最近、気になるのは、おちゃらけ社会派ブロガーのちきりんさん(id:Chikirin)が、あまり毒を吐かなくなった、といことでしょうか。どういった心境の変化なのか、気になるところです。

さて、たいした話もないので、大相撲の話をひとつだけ、しておきたいと思います。週刊新潮佐ノ山親方(元千代大海)の賭博疑惑に関する記事が出て、それに対して親方が猛反論したそうです。でも、こういう写真を見たことがある人は、どの面下げて反論してんの?と思うのではないかと・・・。

http://www.g8723.net/tiyotaikai1-1.jpg

http://www.g8723.net/kanpai1.jpg
この写真は、あちこちでコピペされていてインターネット上ではかなりメジャーな写真だと思います。仮にこの写真が合成なら本当にねつ造なんでしょうが、合成と思われるようなところはないです。上の写真に写っているのは山口組幹部のwikipedia:英五郎親分だと思われます。下の写真で一緒に写っているのは琴光喜ですね。
佐ノ山親方(元千代大海)もあまり嘘の上塗りをすると大変なことになるんじゃないかと思いますね。


ところで、そもそも興業にやくざが関わらないなんてことはあり得ないのです。相撲だけでなく、ボクシングやプロレス、格闘家、芸能人も、ほとんどの場合にはその筋の人がバックについています。そういう公然の秘密だった事実をさも最近わかったかのように言ってバッシングするというのは卑怯なやり方だと思います。


本当に暴力団を排除したいのであれば、これまでのことは不問とし、今後付き合いが発覚した場合には厳しく処分するという形でなければフェアではありません。大嶽親方の処分と言い、処分がフェアに行われなければ国民の大相撲に対する信頼は絶対に回復しません。まあ、本当に大相撲が必要なのか、という問題もあるのでしょうが・・・。

菅内閣はいつまで続くのか

参議院選挙に負けた菅内閣ですが、誰一人辞める様子がありません。千葉景子大臣に至っては、自らが選挙で落選したにもかかわらず、民間大臣として居座るという暴挙にでました。つくづく国民の意思がわからない人たちだと思います。
とはいえ、いつまでもこの状態が続くとは思えません。いつまで菅内閣は居座ることができるのか、考えてみましょう。


なぜ、現時点で菅内閣への批判が強くないのでしょうか。それは、民主党側の都合と野党の都合が偶然にも一致したからです。


まず、民主党の都合としては、第一に菅内閣は発足間もないため反主流派の不満がそれほど大きくなっていないというのが挙げられます。冷や飯を食わされている期間はまだ1カ月なのです。反主流派が覚悟を決めて腹をくくるにはまだ短すぎます。
第二に、反主流派の代表である小沢一郎氏が身動きが取れないことがあります。小沢一郎氏は自らの政治資金関連の事件について検察審査会の判断を待っているところです。この結果が出るまではいずれにせよ身動きが取れません。
第三に、小沢派が菅降ろしをしても国民の支持を得られないということがいえます。小沢派の政治と金の問題が鳩山政権の支持率低下を招いたことは明らかでした。まだほとぼりも冷めていない状態ですので、何をやっても国民の支持が得られないのは目に見えています。


次に、野党側の都合としては、野党にとっても倒閣したところで意味がなく、様子見した方が得だという点が挙げられます。いくら菅内閣の責任を追及しても衆議院では民主党過半数を維持していますので野党が政権を取れるわけではありません。さすがに菅首相もこんな状態では解散などしないでしょうし、民主党を切り崩そうにも反主流派は小沢派なので、切り崩しには動けないでしょう。自民党は3年後の選挙に向けて今から地盤固めに力を入れるのではないかと思います。これに対して、
みんなの党公明党あたりは倒閣運動よりも政権に自らの政策をどれほど丸のみさせられるかを試そうと考えるでしょう。うまくやれそうだったら連立内閣へ移行するでしょうし、駄目だと思えば離れるという状態がしばらく続くのでしょう。現時点でキャスティングボードを握ることのできるみんなの党公明党は、しばらく様子見した方が得なのです。


結局、菅内閣みんなの党もしくは公明党の政策を丸のみする形でのみ政権運営が可能な状態です。菅総理が政権に固執するのであれば民主党から連合または立正佼成会を追い出し、公務員制度改革を望む無党派層が支持するみんなの党または創価学会が支持する公明党と連立を組むことになるでしょう(民主党から出て行く人の数を考えると片方だけでは足りず両方必要になるかもしれませんし、両方でも足りないかもしれません。)。9月までに新しい連立を組むことができれば長期政権も可能かもしれません。しかし、カルロス・ゴーンを批判した菅総理にそれだけの大ナタを振える政治力があるとは思えません。それに、みんなの党公明党は、できればトップは選挙で負けた菅総理以外の人にしてもらいたいとかんがえるでしょう。連立が実現する可能性は極めて低いと思います。


結局のところ、菅内閣は9月までの2カ月、迷走に迷走を続け、政治は停滞し、支持率が10%程度まで下落して求心力を失い内部崩壊するのではないかと思います。菅内閣に残された時間はあと2カ月です。

供述の任意性を争うとか、時間の無駄だ

近年、被告人が法廷で供述の任意性を争う事件が増えています。例えば、厚生労働省の村木厚子元局長の事件で元係長の上村氏の供述の任意性が否定された(任意性の疑いのある供述調書を作った国井弘樹検事がつるしあげられている)のですが、いつまでこういう記事を読まなければならないのかと思うのでした。


刑事訴訟法では何故か検察官が作成した調書(検察官面前調書/検面調書)は原則として信用できる証拠とされていますので、被告人側が供述は嘘であって信用できないということを証明しなければなりません。
普通の人ならこの時点で「そんな、あほな話はないだろう」と思うのですが、一般人の常識は刑事裁判では通用しません。
調書さえ取れれば裁判に勝てるので、検察官はかなり無茶をして調書を作ります。私も、元検察官の方から取り調べ方法をいろいろ聞きましたが、記録が残らないことを良いことに無茶苦茶やっているようです。机をたたくなんてかわいいもので、怒鳴る、脅す、騙すなど、ありとあらゆる卑怯な手を使っているようです。
検察も真実よりも点数を稼ぎたいという役人根性の塊のような人たちが多いようです。


検察の取り調べがそんな状態であるにもかかわらず、裁判所は検察官が作成したのだからという理由だけで原則として信用するのです。実際には検察官が無茶苦茶な取り調べをしていて、被告人は検察に身柄を拘束されているので自己に有利な証拠を保存する(録画や録音する)こともできないのですが、裁判所はそんな現実は一切考慮しません。
弁護側はやむを得ず被告人ノートという紙のノートを差し入れ、被告人に日記をつけてもらうのです。法律を知っている被告人なら検事の違法行為を見つけて記録を取ることができるのですが、素人ではそれは不可能です。
刑事裁判の現実は極めて理不尽な状態です。この国は有罪率が99%という極めて異常な数字です。実は小さな事件では多くの冤罪が起きているのです。


この問題を解決するには取り調べを可視化すれば良いだけなので大作はとても簡単なのです。取り調べをすべて録画すれば、怒鳴ったり、脅したり、騙したりする検察官はいなくなりますし、任意性のない自白をする被告人もいなくなります。
たったそれだけなのに、警察や検察は徹底的に拒否し続けます。この国の警察や検察の前近代性は異常です。彼らは日本が人権を保障された民主主義国だとは思っていないのかもしれません。密室で証拠を残らないようにギュウギュウにいじめて言わせた供述で有罪にしようとすることがどれほど卑怯なことか、一般人の感覚からしてどれほど理不尽なことなのか、考えようともしません。
そして、そんな状態を知りながら(最高裁判所の裁判官には元検察官が数名います。)裁判所が認め続けているのです。裁判所も同罪です。


この国の警察や検察の態度は最低ですし、それも認める裁判所も最低です。取り調べの可視化は人権を保障するために絶対に必要な制度です。絶対にこのままではいけません。供述の任意性を争うなど時間の無駄です。録音/録画のない供述は裁判で被告人が同意しない限りすべて任意性を否定すればいいだけです。


そういう状態でありながら可視化に全く積極的でない千葉景子法務大臣(弁護士)は何も仕事をしていない最低の大臣だと思うのでした。一日も早く辞めていただきたいです。

2010参議院選挙雑感

2010年参議院選挙が終わりました。与党の大敗で終わりましたが、その原因を探りたいと思います。


まず、全体を眺めると、民主党国民新党新党改革の惨敗、共産党社民党の敗北、自民党の勝利、みんなの党の躍進というところです。
選挙対策的スタンドプレーに熱心だった党が逆に敗北するという皮肉な結果になっています。


政策的に見ていくと、予想に反し消費税増税は争点にならなかったようです。確かに消費税増税を主張した民主党が敗北し、増税反対だったみんなの党が躍進していますが、自民党も消費税増税を主張しながら勝利し、消費税反対の共産、社民が敗北しています。国民は仮に消費税増税に反対でも日米安保体制を軽視ないし無視する社民や共産に期待するほど愚かではないということなのでしょう。この点は意外でした。


消費税よりもむしろ公務員との関係が争点になったのかもしれません。みんなの党は不十分ながら公務員制度改革を主張していましたし、自民党小泉政権時代の実績があります。小泉進次郎を前面に押し出したことで小泉政権時代を思い出した人が自民党に多く投票したのではないかと思います。


それに対して、法務官僚や検察に何も言えず言いなりになった千葉景子法務大臣は現役大臣でありながら落選しています。国民は取り調べの可視化を強く求めていましたが、千葉大臣自ら消極的な姿勢を示しました。千葉大臣は死刑執行を含め全く仕事をしなかったと言ってよいでしょう。落選は当然です。


タレント候補の落選が相次いだのも特徴的でした。岡部まり桂きん枝原田大二郎、池谷幸雄など、これまでなら真っ先に当選したであろう候補が軒並み落選しています。タレント候補はどうせ何もできないということに気付いたのでしょう。今後の候補擁立に大きな影響があるのではないかと思います。


こうみると日本国民は随分成熟してきたなと思うのでした。おかしなブームに乗るのではなく、単なる知名度だけの候補でもなく、現実的な妥協のできる政治家を求めているということでしょう。そして、何よりも霞が関の改革、官僚制度の改革を求めているというのがはっきりとしたように思います。


菅直人首相は続投を表明しましたが、これほどイメージの悪い政権と運命を共にする者はいません。政権維持は困難でしょう。内閣改造さえ困難かもしれませんし、仮に改造しても法案を通すことは不可能です。みんなの党たちあがれ日本を足せばかろうじて過半数を超えますが、みんなの党菅直人首相の民主党と連立を組むことはないでしょう。菅直人首相が参議院過半数を確保することは困難です。


そうすると、民主党が政権を維持するためには、新たに別の代表を立て、霞が関改革、公務員改革を主張してみんなの党たちあがれ日本と連立を組むしかありません。
それができるのは岡田克也大臣か前原誠司大臣くらいでしょう。アメリカは岡田大臣を信頼しているし、外交の継続という意味でも後継総理は岡田大臣がベストではないかと思います。


今、民主党は岐路に立たされています。ここで失敗すれば二度と国民の支持を得ることはできないのではないかと思います。


最後に、タブロイド的関心として幸福実現党の話をしておきましょう。幸福実現党はご存じのとおり宗教団体である幸福の科学を母体とする政党(ただし政党助成法上は政党ではない)です。比例代表では、開票率95%時点で219,088票でした。公明党が7,388,723票ですので、その差は歴然です。さらに、興味深いのは昨年の衆議院議員選挙では比例区で459,378票だったのでおよそ半減している点です。相当無理していることが見えてきます。
かつて大川隆法の本がバカ売れして書籍売り上げランキングを占拠していたのは、噂通り信者が大人買いしていたからなのでしょうが、その程度ならまだしも、勝ち目のない選挙にまで動員されるのでは信者も離れるということなのでしょう。いろろな意味で安心しましたが、オウム真理教のように過激派にならなければ良いのですが・・・。

電子書籍の未来はそれなりに明るい

インターネットを使っているとあらゆる情報が無料だと勘違いしがちですが、そうではありません。情報を集め整理して提供するには、時間と費用が必要ですから、基本的に無料で提供することはできません。無料で提供されている情報には、何らかの意味があるのです。無料の情報は、以下のようにカテゴライズできると思います。

  1. ボランティアの発信する情報
  2. 広告主が費用を負担している情報
  3. 国や自治体が発信する情報


まず、ボランティアの提供する情報があります。インターネットはその発足当初はボランティアが発信する情報の塊でした。今でも、私も含め、ボランティアで情報を提供している人が大勢います。趣味の分野などでは非常に良質な情報を提供されている方も多いです。無料で提供されている情報の質が高い分野では、今後、同じような情報を売るのは困難かもしれません。
ただ、あくまでもボランティアや趣味だからできる話であって、それで生活をしている訳ではないので、いつまでも情報の質と量を維持し続けるのは困難です。


次に、広告主が費用を負担している情報があります。古くはテレビが完全に広告モデルで商売をしていましたが、インターネットの多くの情報も広告モデルです。企業自身が宣伝用のサイトを作成している場合もありますし、検索エンジンポータルサイトに広告を出稿している場合もあります。近年では、著名ブロガーのサイトなどには大きな広告が掲載されていたり、企画記事が掲載されることがありますが、これも広告主が費用を負担している情報となります。このような情報は「広告モデル」と呼ばれ、ITバブルの頃は非常にもてはやされました。当時は、ほとんどのサイトが広告モデルでした。
しかし、バブルが崩壊し景気が後退すると「広告モデル」は振るわなくなりました。「広告モデル」は景気に左右されやすいのです。その他、「広告モデル」は音楽や小説などの芸術には向かない、広告主が情報に対する決定権を有しているなど、問題が多いです。


最後に、国や自治体(特殊法人など)が発信する情報があります。これは税金を使って発信しているものです。これまでも、そしてこれからも一定の情報を発信し続けるでしょうが、全体に占める量は微々たるものです。


ところで、インターネットユーザーが気づかなければならないことがあります。それは無料の情報には限界があるということです。無料の情報だけで何もかもが賄えると思ってはいけません。無料の情報と有料の情報にはやはり大きな差があります。インターネットでいくら検索しても断片的な知識が付くだけで、本を一冊読んだ時のような体系的な知識を得ることはできません。このことは、ほとんどの人が理解していると思います。
世間には消費者はインターネットの情報にはお金を払わないという考えがあるようですが、この考えは正しくありません。必要な情報がそれに見合う価格で売られていれば消費者は買います。かつては音楽ファイルを違法にダウンロードするのが主流でしたが、現在では携帯サイトやアップルから着うたやデータを購入するのが一般的になりました。消費者は価格に見合う内容だと考えればインターネットでもデータを買うのです。


問題は「買い方」と「使い方」、そして何よりも「内容と価格」が重要になります。電子書籍について考えてみると、電子書籍をどのようにして買うか、買った電子書籍はどのように使えるのか、そして何よりもお金を支払う「内容」があるのかが問題なのです。


まず、「買い方」はクレジットカードが主になるでしょう*1。クレジットカードを作れない人に対してはエディやワオンなどが使えるようになっていれば良いでしょう。このあたりの整備はここ10年で既に終わっていると思います。


問題は「使い方」がまだよくわからないところです。電子書籍は、一度買ったらいつでもどこでも読める状態でなければいけません。そうするにはクラウドを利用することが最も優れています。購入情報がIDで管理され、IDとパスワードを入力すればいつでもどこでも、どの端末からでもダウンロードして読める状態にすべきです。そうすれば消費者は安心してお金を払うようになるでしょう。グーグルはこのような方式を採用していますので一般化する可能性が一番高いでしょう。これに対して、アップルやアマゾンは専用端末が必要ですので長期的に一般化するとは思えません。


電子書籍の「内容」は、紙の書籍よりも高い質が求められるでしょう。現在、書店に並んでいる書籍のかなりの部分は、同じような情報がインターネット上に無料で並んでいます。無料で手に入るものに対してお金を支払う人はいません。もともと、多くの出版社が素人並みの内容で小銭を稼ぐ商売をしていたところがありますので、その点は反省していただくしかありません。電子書籍には、無料で閲覧できるサイトよりも高い質が求められます。
また、電子書籍は現在の紙の書籍と同じ「価格」では売れないでしょう。というのも、電子書籍はID管理が前提になりますので、売却したり他人に貸したりできません。家族で共有することも規約で禁止されるでしょう。今のところ印刷も難しいようです*2。そうなると電子書籍は財産として考えると現在の紙の書籍よりも制限が多いのです。紙の書籍と同じ価格では多くの消費者は紙の本を選ぶでしょう。「価格」は電子書籍に見合ったものにしなければなりません。


電子書籍の普及に関して現時点で技術的な問題は一つもありません。あとは、消費者が求めているものを適切な手段を使い、適切な価格で提供するだけです。そうすれば、電子書籍はかなり普及するでしょう。

*1:今更クレジットカードを作りたくないという人を相手にする気にはなれません。携帯電話と同じですからインターネットの利便性を享受したいならあきらめて頂くしかありません。

*2:ただし、将来的には印刷も可能になるかもしれません。全部をプリンターで印刷するような無駄なことをする人はまずいません。

講談社が「星海社」という電子出版の子会社を作ったらしい

大手出版社の講談社が「海星社」という電子出版子会社を作ったようです。fladdict氏のブログで知りました。


報酬1円というのは良くないなと思うのですが、枝葉の話なのでちょっと置いておきます。それよりも何よりも、何でしょう、この会社の「理念」

星々の輝きのように、才能の輝きは人の心を明るく満たす。

その才能の輝きを、より鮮烈にあなたに届けていくために全力を尽くすことをお互いに誓い合い、杉原幹之助、太田克史の両名は今ここに星海社を設立します。

出版業の原点である営業一人、編集一人のタッグからスタートする僕たちの出版人としてのDNAの源流は、星海社の母体であり、創業百一年目を迎える日本最大の出版社、講談社にあります。僕たちはその講談社百一年の歴史を承け継ぎつつ、しかし全くの真っさらな第一歩から、まだ誰も見たことのない景色を見るために走り始めたいと思います。講談社の社是である「おもしろくてためになる」を踏まえた上で、「人生のカーブを切らせる」出版。それが僕たち星海社の理想とする出版です。

二十一世紀を迎えて十年が経過した今もなお、講談社の中興の祖・野間省一がかつて「二十一世紀の到来を目睫に望みながら」指摘した「人類史上かつて例を見ない巨大な転換期」は、さらに激しさを増しつつ継続しています。

だからこそ僕たちは、その「人類史上かつて例を見ない巨大な転換期」を畏れるだけではなく、前向きに楽しんでいきたいと願うのです。未来の明るさを信じる側の人間にとって、「巨大な転換期」でない時代の存在などありえない。新しいテクノロジーの到来がもたらす時代の変革は、結果的には、常に僕たちに新しい文化を与え続けてきたことを、僕たちは決して忘れてはいけない。星海社から放たれる才能は、紙のみならず、それら新しいテクノロジーの力を得ることによって、かつてあった「出版」の垣根を越えて、あなたの「人生のカーブを切らせる」ために飛翔する。僕たちは古い文化の重力と闘い、新しい星とともに未来の文化を立ち上げ続ける。

僕たちは新しい才能が放つ新しい輝きを信じ、それら才能という名の星々が無限に広がり輝く星の海で遊び、楽しみ、闘う最前線に、あなたとともに立ち続けたい。

星海社が星の海に掲げる旗を力の限り、あなたとともに振る未来を心から願い、僕たちはたった今、「第一歩」を踏み出します。

二〇一〇年 七月七日
星海社 代表取締役社長 杉原幹之助
代表取締役副社長 太田克史


何なんでしょうね、これ。講談社文庫の最後のページを読みながら書いたのでしょうか。サラリーマンとしてはよっぽどの覚悟なのでしょうが、しかし、気負いすぎというかなんというか。サイトを見る限り中身なんか全くなくて、「理念」だけ頭でっかちになってます。


まず、何も成し遂げていないのに、既に自分の名前を入れちゃうあたり、どうなんでしょうか。会社を作っただけでもう成し遂げた気分なのでしょうか。もしそうなら必ず失敗します。
それに、自分らの名前の下に野間省一氏の名前を並べてみたり、感覚が良く分かりません。よいしょするなら最初に書かねば意味はないでしょうし、自分の名前と並べるなど畏れ多くてできないはずです。
そして、なによりも、最大の欠点は、何を言っているのかさっぱりわからないってことです。理念ってのは、暗記できるくらい短くなければ駄目なんですよ。例えばソフトバンクは「情報革命で人を幸せにする」、グーグルは「邪悪になってはいけない」。中身は何でも良いんですけど、わかりやすくて暗記ができるってことが大切なんです。そうじゃないと、社員の間で共有できないですから。


あと、これは経験則なんですが、ベンチャーって、まず最初に技術的(もしくはビジネスモデル的)にこれはすごいって思わせなければ99.99%ダメです。最初駄目駄目だったけどあとからなんかすごいことやったね、ってのを未だかつて見たことありません。最初に「理念」なんか並べてる余裕なんかない、それがベンチャー。人数が増えてこのままじゃまずいってなって、初めてミッションステートメントを作る、それがベンチャー
理念だけだと、何をしたいのか、何をしようとしているのか、さっぱりわからないのでした。


それと、fladdict氏のブログの以下の記述。

僕のお仕事は、ウェブデザインというよりは、「右クリック禁止にしようぜ!」とか、「DRMつけようぜ」といった大人の事情あふれるご意見を、体をはって食い止めることです。 

そんなところの議論に時間や労力をかけていたら永遠に電子出版などできないんじゃないかと思うのでした。グーグルやアマゾンのやり方は、常にユーザーの視点でとりあえずやってみる、というものです。のんびり議論してたら絶対に勝てません。ユーザーが求めているものを適切な価格で提供するしかないんです。
それに、プラットフォームを作るのは出版社がやることではないでしょう。競争相手である他の出版社が使ってくれるとは思えません。電子出版のプラットフォームを作れるのはグーグルやアマゾンのような競合しない企業です。


日本のベンチャーって、9割くらい社内ベンチャーで、しかも、ほとんどイケてません。何の実績もない人にお金を出すっていう仕組みもないし、仕方ないのかもしれないですが、社内ベンチャーって手足を縛られた状態ですから、結局何もできないって場合が多い。
でも、電子出版のプラットフォームさえできれば、でっかい印刷機(や在庫を抱えるための資本)なんかいらなくなるので、やり手編集者ならパソコン一つで起業できるようになります。そういうタイミングまで待てばいいのではないかと思います。


そして、電子出版なんて時間がたてば当たり前に普及します。検索エンジンのような革新的な部分はどこにもありません。天才が必要なわけではないし、世界を変えるような話でもありません。あまり気負わない方が良いと思います。自然に流れていればあと5年くらいで気づけば皆、電子出版をしているでしょう。


最後に、電子出版はおそらくブラウザベースで展開する業者が勝つでしょう。専用端末でなければ読めないというのは経済的負担が大きいですし何かと面倒ですから消費者に支持されないでしょう。KindleiPhoneアプリは、一時的なヒットはあってもそれが一般に普及するとは思えません。
今の段階ではグーグルの方式が消費者に支持されるのではないかと思います。電子書籍が普及しても紙の書籍はなくならないですし、これまでに出版された書籍を電子化する作業もありますので、あくまでも紙の書籍をベースにして考えるというのは間違っていないと思います。あとは、スマートフォンや携帯端末でも読みやすくできるかです。この点を克服すれば(そして克服するでしょうが)グーグルのプラットフォームが勝利するだろうと思います。


※追記
良く見たら、「すべて無料で提供」って書いてありました。今更、無料のビジネスモデルでやるらしいです。新聞社のウェブサイトの収支を見ればわかる話ですが、無料のビジネスモデルは貧困のスパイラルでしかありません。1円報酬もその文脈で理解するのが正しいと思います。