選挙で変えられること、変えられないこと

選挙で政権を変えると、いろいろと変わりますが、変えられないこともあります。そのあたりを少し考えてみましょう。


まず、変えられることとしては、総理大臣や大臣などがあります。政治家は選挙で簡単に取り換えられるのです。これができなくなれば形式的にも民主主義国ではなくなってしまいますね。
次に、目立つ政策を変えることができます。例えば定額給付金から子供手当へ、高速道路休日1000円から一部路線の無料化へ、など、国の根幹にかかわらない部分で目立つ政策を変更することができます。
そのほか、担当大臣の資質によっては、外交文書を30年後に自動的に開示する規則を制定したり、記者会見をオープンにしたり、少しずつ良い政治を実現していますが、これくらいが限界です。国の根幹にかかわるような重要な政策は何ひとつ変えられません。
日本は民主主義国でありながら選挙では政治をあまり変えられないというのが現実です。そのことに気づいている人は選挙に行かなくなるのです。このままじゃいけません。


では、なぜ、選挙で政治は変わらないのでしょうか。それは、日本には強固な官僚システムが存在するからです。この官僚システムは日本の秀才を集めた集団で、極めて事務処理能力にたけた人々が集まっています。現実に国を動かしているのは政治家ではなく官僚です。そして、この官僚システムには国民の意思は反映されず、自己を肥大化させる意思だけ持っています。官僚には選挙がありませんので国民の意見を聞こうなどという発想はありません。官僚システムの利益にならない政策はすべてサボタージュします。場合によってはスキャンダルを流して大臣を取り換えたりすることもあります。落下傘で降りてきた大臣には省内に味方がほとんどおらず、官僚を敵に回すと何もできません。一人の官僚の任期はおよそ30年で、政治家よりも圧倒的に長く国政に携わりますので、知識経験いずれにおいても勝ります。結局、重要政策はすべて官僚の言いなりになってしまうのです。官僚は大臣などへたくそなスポークスマンくらいにしか考えていません。


この国民の意思を無視した官僚システムを変えなければ、選挙では何も変えられません。日本の真の問題は財政赤字などではなく、あらゆる改革に対して強固に抵抗する官僚システムです。この国は事実上、官僚が支配する国になっています。このままじゃいけません。この国の主権を国民の手に取り戻さなければいけません。


官僚に国民の意思を反映させるには、強固な官僚システムを破壊するしかありません。官僚の身分を政治家並みに不安定なものにしなければいけないのです。高級官僚の任期制の導入(最長5年程度で再任を認めない)、管理職のすべてを政治任用にする(課長級以上はすべて政治任用)など、公務員制度の大きな変革が必要です。公務員制度を大胆に変えて国民の意思が行政の末端まで伝わる制度を作ることが今、何よりも求められています。
公務員制度改革を公約として訴える政党が出てきてほしいものです。可能であれば小泉元首相がやった郵政選挙のように、公務員制度改革だけを争点にした衆議院議員選挙を実施してもらいたいです。政治家は国民の支持を背景に官僚に改革を迫らなければ官僚には勝てません。そういった政治家が出てくれば、国民は強烈に支持することでしょう。


現状では国民には官僚がさらに肥大化する増税は何が何でも拒否するという極めてネガティブな選択肢しかありません。官僚支配の構造を打ち破り、真の政治主導、国民主導のシステムを実現できる政治家が必要です。政治家の皆さん、早く気付いてください。今、一番必要なのは、公務員制度改革です。

エイベックスの松浦社長は所得税の累進性が強化されれば海外に行くらしい

エイベックスの松浦社長が、所得税の累進性が強化された場合には海外に行くとつぶやいています。純朴というか、単純というか、大学生じゃないのだからもう少し思慮深い発言をされた方が良いのではないかと思います。

僕は海外に行きますRT @YoshitoHori: 民主党は、消費税を10%に引き上げ、個人所得税の最高税率を合計50%から引き上げることを考えているようだ。そんなことすると、高額所得者の日本脱出が始まるに決まっているのに。日本は、活力を削がれた重税国家の道を歩み始めるのだろうか

その後、この発言に対して「脱出できない平民は苦労して生きろと?」とか、「卑怯者ですね。」などとコメントが寄せられていますが、どれも間抜けなコメントです。そんなことよりも本当に海外に逃げられるのかを考えた方が良いですね。


所得税は、その人がどこに住んでいるかではなく、所得の源泉がどこにあるかで納める国が決まります。住所だけ変えたって何の意味もありません。住所を変えるにしても一年の半分以上を別の国で過ごさねばなりません。
エイベックスの社長さんが一年の半分以上を海外で生活するなど可能でしょうか。簡単に社長を辞められるんでしょうか。辞めて海外に行く分にはどうぞご勝手にと思いますが、収入もなくなります。その点をわかった上で発言しているのでしょうか。


もし、おかしなスキームを組んで所得の源泉を日本から海外に移転するのであれば、それなりの覚悟が必要です。下手をすれば脱税犯として指名手配なんて話にもなりかねません。税金を支払うというのは国民の義務ですから重たいものです。どうしてもやるというのであれば、日本の土を二度と踏めないかもしれないという覚悟を持った上でやっていただくしかありません。
そもそも、海外に逃げて税金を払わないなどという発言は、コンプライアンスが求められる上場企業の社長の発言としてあるまじきものです。はたして大丈夫なんでしょうか。


世の中の人は簡単に海外に逃げられると思っているようですが、海外に所得を移転するということは非常に大変なことなんだ、下手をすれば犯罪者になってしまうことなんだ、という認識を持っていただきたいものです。

国が増税の前にやらなければならないこと

日本の財政が破たん寸前であることは衆目一致しています。財政破たんを避けるには、長期的には増税しかないこともほとんどの国民は理解しています。しかし、現状で増税を主張しても、国民は納得しません。では、どうすれば国民は増税に納得するのでしょうか。少し考えてみたいと思います。


財務省出身で中央大学教授の森信教授はダイヤモンドオンラインの「10年ぶりに封印を解かれた税制改革論議 焦点は公平と効率をいかに両立させるかだ」という記事で以下のように主張されています。財務省の公式見解と考えても間違いないでしょう。

 政府は国民に、医療・年金・介護・少子化対策充実サービスの具体的内容を提示して、国民に、そのようなサービスであれば、追加的に3%の消費税を負担してもよい、もっと充実させた案ならば5%で買ってもよい、と納得を迫ることである。政府は賢明なPRと購入に向けての説得が必要になる。

たしかに、国民が福祉をいくらで買うかという視点は必要でしょう。それはそれとして一応理解できますが、その前にやらなければならないことを忘れてはいけません。財政を破綻させた自分たちの責任を棚上げして「増税に反対するなら福祉を切るぞ」と恐喝じみたことを言っても国民は納得しません。


国や自治体が増税するというのは、民間会社が金融機関などに債権放棄してもらうのと同じだということです。増税しなければならない状態とはつまり経営破たん状態なのです。経営責任をきちんと示し、二度と同じ状態にならないようにリストラをしてもらわなければいけません。
増税の前に財政破たんの責任を示す必要がありますし、二度と財政破たんしないように大胆なリストラが不可欠です。国会議員や公務員が自分たちを絶対に安全な場所においておきながら国民に負担を強いるなど、許される話ではありません。


国の経営責任はどこにある
まず、国の経営責任は、一義的には内閣にありますが、内閣は国会の信任によりますので、国会が責任を取らなければなりません。国会議員の削減(1/2程度)と報酬の削減(3割カット)は不可欠です。議員宿舎などの不要な資産の売却も必要ですし、政治資金収支報告書への領収書の添付義務付けも必要です。徹底したコスト削減と透明化があって初めて財政破たんの責任を明確にしたと言えるでしょう。
次に、高級官僚にも責任を取ってもらう必要があります。実際に行政を動かしているのは高級官僚ですから、彼らに責任を取ってもらわなければ国民は納得しません。事務次官クラスは全員やめていただき、局長クラス以下、官僚は全員、一律給与を3割くらいカットすべきです。公務員の新規採用停止、3割程度の早期退職も必要ですし、天下りの全廃は当然です。さらには、公務員制度改革として公務員の任期制も採用すべきです。生涯公務員などという制度は時代錯誤ですから廃止すべきです。


徹底したリストラ
事業仕分けのようなちまちました経費削減では国民は納得しません。各省庁の予算を単純にすべて3割くらいカットしなければいけません。全部平等に3割カットです。誰も文句を言えない状態でやらねばなりません。
公共事業も年金も生活保護も医療費も科学技術開発も大学や地方自治体への補助金も何もかもすべて単純に3割カットです。例外は絶対に許してはいけません。今まで税金でおいしい思いをしてきた人たちすべてに少しずつ責任を取ってもらう必要があります。
特殊法人は基本的に民営化です。民営化になじまないものは別組織にすると陰で勝手なことをやり始めるのですべて国にすべきです。国にして公務員と同様に徹底的なリストラをすべきです。



このような徹底的なリストラをして、逆さにしてひっくり返しても小銭さえ出てこない状態にして、初めて増税に対する理解が得られるのです。今など、国会議員や公務員はまだまだ肥満体質でポケットに札束が入っている状態です。増税など、冗談ではありません。
このことに政治家や官僚は早く気付いて頂きたいですが、おそらく無理でしょう。財政が本当に破たんして徹底したリストラをしなければならない状態に追い込まれるまで、おそらく何もできないでしょう。一般国民としては一日も早く財政破たんの日が来ることを願った方が良いのかもしれません。

Googleの選挙ページを見て考えた

Google参議院選挙のページを作成し公開しました。
http://www.google.com/appserve/senkyo2010/
Googleが満を持して公開した選挙サイトなので、じっくり観察してみました。


このページでは、Googleらしく候補者がどれくらい検索されているかがわかります。検索数=知名度=注目度ですので、おそらく検索数の多い候補者が無難に当選する可能性が高いのでしょう*1
これまでは、新聞・テレビメディアは、投票日一週間前に最後の世論調査をしていましたが、それ以降は調査を自粛していました。ほとんどの選挙区では世論調査通りの結果が出るのですが、激戦区では力の入れ方によっては逆転することもありました。
それが、Googleの選挙サイトでは、毎日、どの程度検索されたのかが一目瞭然なのです。おそらく投票日にも見ることができるでしょう。今後、選挙をやっている人たちにとっては、テコ入れ先を決める上で最も注目すべきデータのひとつになるのではないかと思います。
選挙権を行使する一般人にとっても面白いデータだと思います。例えば民主党支持者で民主党の候補を2名当選させたいと考えている人は検索数の低い候補に投票することができます。検索数が低い人は当選しない可能性が高いので、当選しないであろう候補者に投票することを避けることもできるでしょう。


ただし、Googleの選挙ページは今回が初めてですので、また良く分からないところもあります。検索数と投票数の間にどの程度のずれが生じるのか注視したいところです。


他方で問題もあります。Googleの選挙サイトは数値が前面に出ている一方で、政策があまり見えてこないです。候補者によるネットの更新が自粛されているので当然といえば当然で、Googleには全く責任はないのですが、それにしても馬鹿げた話です。政治に興味を持った人が候補者の政策や情報を正確に得られるようにしなければ、選挙はただの人気投票になってしまいます。これでは、ちっとも公正・公平な選挙が実現されているとは思えません。総務省の役人は何を考えているのでしょうか。


さらに、もう少しGoogleの選挙サイトを良く見てみると、候補者がツイートしている例を見かけます。「○月○日○時に菅首相が○○で演説します。」「○月○日○○駅前。天気は晴れ。」などと微妙なツイートをしている候補者もいます。応援している衆議員が「これから○○県に行きます。○○駅前、○時頃です。」などとツイートしている場合もあります。
候補者や応援している議員は、現実にはなし崩し的にインターネットを選挙運動に使っていることが分かるのですが、肝心の政策や主張だけは全く流れてきません。これでは、選挙カーから名前を連呼する昔の選挙運動と何も変わりません。例えば、この候補者は消費税に賛成なのか、反対なのか、判断しようにもできません。せっかく争点が明確な選挙なのに、これでは投票に反映されません。


議員の皆さん、馬鹿な解釈を維持し続けている総務省の役人をそろそろ本気でつるしあげたらいかがでしょうか。増税財政再建の話よりも、まず選挙で国民に対して自由に政策を訴えられる国にしてほしいと思います。

*1:ただ、一部の事件を起こした候補や泡沫候補は除きます。一部の泡沫候補に注目が集まるのはネット文化の特徴です。逆に組織票で当選する共産党公明党の候補は検索数が集まりにくいかもしれません。現職候補も検索されにくい傾向にあるように思います。検索数と得票数のずれについては選挙後に検証した方が良いでしょう。

やっぱり北方領土はいらないらしい

先日、「勇気を出して北方領土はいらないと言ってみる」というエントリーを書きました。今日までの間に、数百人の方に読んでいただいたようですが、反論が1件だけでした。その反論も「いじめられっ子がいじめっ子のたかりの恐怖に負けてお金を差し出すとずるずるといつまでもせびられ続けるようなものです。」というあまり説得力のないものでした。これは意外でした。
現時点で、ほとんどの人が北方領土をいらないと思っているのか、または、興味がない、ということなのでしょう。


これからは、あまり気負わずに「北方領土などいらない」と言うことにします。

勇気を出して北方領土なんていらないと言ってみる

こんな記事を書くとネトウヨから嫌がらせを受けることは間違いないのですが、どうせ匿名ブログですので書いてみました。あくまでもひとりの匿名ブロガーの思考実験にすぎません。ご意見、ご感想は歓迎いたしますが、脅迫は警察へ通報いたしますのでおやめ下さい。


先日、「リアリズムと防衛を学ぶ」というブログ*1の最新エントリー「魚や離島をめぐる戦い」を読んだのです。私は、このエントリーの認識は極めて現実的だとおもいますし、基本的に賛同します。共産党社民党の主唱する非武装中立など現実には成り立たないと思います。その点で、現実的な防衛を学ばなければならないと思うのですが、他方で「待てよ、そんなに面倒な領土は他人にあげてしまった方がいいんじゃないの。日本人なんて1億ちょっとしかいないし、高齢者ばかりなんだから。」と思ったのでした。すこし、詳しく説明してみようと思います。


日本で紛争になる可能性のある離島は北方領土尖閣諸島竹島などがありますが、今回は時間も限られていますので、北方領土に限定して考えます。
北方領土は千島列島の一部で、択捉島国後島色丹島歯舞諸島からなり、日本政府によると日本固有の領土ですが、現在、ロシアが不法占有している状態にあります。北方領土付近では、日本の漁船がロシアの国境警備隊に拿捕されたり、銃撃されたりしており、紛争寸前の状態にあります。実際に死者も出ています。


日本とロシアの両国が北方領土を自国の固有の領土だと主張している限り、この状態は永遠に続きます。しかし、北方領土は日本にとって本当に必要な土地なのでしょうか。


北方領土に限らず、離島の領土の必要性が言われる際にあげられるのは、水産資源と鉱物資源です。北方領土はせまく平らな土地がほとんどなく、気候が寒冷なので農業には向きません。また、人口が集積している訳ではないので工業には向きません。そこで水産資源や鉱物資源がどれほど役に立つのか考えてましょう。
北方領土には、サケマス、カニ、ナマコ、ホタテなど、北海道で水揚げされるものとほとんど同じ魚介類がとれるようです。水揚高がいくらくらいになるのかはわかりませんが、海岸線が広いですからそれなりの額にはなるでしょう。
鉱物資源は不明ですが、海底油田やガス田、メタンハイドレートなどが見つかるかもしれません。また、プレート境界上にあるので温泉はたくさんあるだろうと思いますが、地震の心配があります。


たしかに水産資源や鉱物資源はあるかもしれません。しかし、どれもお金を出せば買えてしまうものばかりです。
北海道では人口減少が進み漁業などの第一次産業では後継者不足が問題となっているのに、どうやって北方領土で漁業経営をするのでしょうか。ロシア人に獲って来てもらって買い上げる方が良いのではないかと思います。
資源開発も同様です。日本は国際ハブ空港の一つさえ作れない国です。環境への影響が過大に評価されるため資源開発などできません。埋蔵資源があっても採掘できないのですからないのと同じです。他人の国のままで採掘してもらってお金を出して買った方が圧倒的に安上がりなのです。


仮に日本に返還されたとしましょう。日本の国土になれば、日本として他の地域と同じ程度のインフラが必要になります。空港や港、道路などの公共施設を建設しなければなりません。国土ですから防衛しなければなりません。自衛隊基地なども新設しなければならないでしょう。
もっと大きな問題として、誰が住むのでしょうか。現在、北海道の田舎はすべて過疎化しています。北海道ですら、誰も住みたくない土地になってしまっているのです。それなのに北海道からさらに海を渡った北方領土という離島に住みたい人がどれほどいるでしょうか。


過去には、お金で国土が取引された例もあります。例えばアメリカはロシアからアラスカを720万ドル(現在の価値で約100億円)で購入しています。国土経営の負担を考えて採算が合わないのなら売ってしまう(タダで放棄してしまう)というのも一つの考え方でしょう。
国土は血で贖わなければならないという考え方もありましょうが、それは前近代的な感情でしかなく議論になりません。感情でいくら言っても返ってきませんし、ロシアとの平和条約締結もできません。国土に対する感情論(主権論)はまったく建設的ではないように感じています。


北方領土問題は、冷静に土地として価値があるのか、有効活用できるのかを考えて判断した方が良いのではないか、と思うのでした。

*1:防衛省関係の方が運営されいるのではないかと思います。基本的に防衛省の公式見解に限りなく近い内容となっているように思います。

竹原信一阿久根市長の反乱は一種の革命なのかもしれない

ここ数年、鹿児島県阿久根市竹原信一市長の行動が世間の注目を集めています(wikipedia:竹原信一参照)。国や県、マスコミは一貫して竹原市長を批判し続けていますが、どうも話はそう単純ではないように思います。考えれば考えるほど、この国の地方自治システム(法体系)が硬直化していて市民の意思が行政に反映されないことがすべての問題の根源にあるのではないかと思えてきます。


まず、問題になった竹原市長の行為をいくつか紹介します。2009年2月20日阿久根市の全職員268名の給与明細を公表しました。竹原市長は阿久根市税収20億円のうち17億3000万円が人件費として計上されていることを理由としています。
次に、2009年4月1日付の人事異動で市議会議長に任免権がある議会事務局職員を異動させました。また、同日付けの人事異動で10人の職員を降格させましたが、その際、地方公務員法で規定されている降格理由の文書交付を行いませんでした。この件は、市公平委員会が人事異動を取り消すように裁定したにもかかわらず市長は従わず、地方自治法違反で刑事告発にまで至っています。
次に、2009年4月に市庁舎内に職員人件費の掲示を行った際、その張り紙をはがした男性係長を7月31日付で懲戒免職としました。この懲戒免職は裁判所が違法であるとして取り消しを命じましたが、市長は無視しています。
その他、議会を招集せず、職員の期末手当を約3分の1に、市議と市長の賞与を約半分にする条例改正を専決処分するなど専決処分を連発しており、法律を無視してやりたい放題の感があるのですが、今のところリコールは成立していません。


竹原市長が法律を意図的に無視していることは否定できないと思います。ただ、違法行為をする市長はけしからん、と批判するだけでは問題は解決しないとも思います。なぜなら、この違法行為をする竹原市長を阿久根市民が支持しているからです。


この竹原市長、2009年2月に議会から不信任決議を受けています。これに対して、竹原は議会解散しましたが、出直し市議選後初めてとなる平成21年第2回市議会臨時会において不信任決議案が再度提出されて可決し自動的に失職しました。しかし、その後の出直し市長選挙に出馬し、2009年5月に再選しているのです。市長に対する市民の支持があることを忘れてはなりません。市民が市長を支持したため、現在はまるで革命が起きたような状態になっているのです。


竹原市長のやっていることは確かに法律を無視しており乱暴なのですが、それでも阿久根市民は「よくやった」と思っているのでしょう。議会によって失職させられた竹原市長を再度支持して再選させました。おそらく市役所という官僚組織やその利益を代弁するだけの市議会に対する市民の怒りはとても大きいのだと思います。
しかし、この市民の怒りを合法的に実現する方法は現状ないに等しいのです。地方自治法が市長の手足をがんじがらめに縛っていて法律に従っていては何もできない状態にあるのは事実です。そのため、市長は変われど公務員は変わらず、公務員はどんどん肥大化を続けています。どこの自治体も財政的に逼迫しても公務員はまったくリストラできずにいます。公務員の首を切ることは総理大臣にだってできません。この国では公務員はほとんど無敵、アンタッチャブルなのです。それを法律を無視してでもクビにしたり給料を下げたりした市長が支持されるというのは、市民の心情として分からなくもありません。


現在、市民の一部がリコールの署名を集めているそうですが、リコールが実現するかは不透明です。私はリコールの実現は難しいのではないかと思っています。阿久根市民には、竹原市長は手段はかなり荒っぽいがやっていることは正しい、という思いがあるでしょう。客観的に見ると逼迫した財政を立て直そうとしているのは竹原市長ただ一人です。市民の本当の敵は竹原市長ではないことくらい市民のほとんどは気づいているでしょう。
鹿児島県は、倒幕の中心となった幕末の志士を生んだ土地です。手段よりも結果を重視する人が多いように感じます。そして、一度支持すると決めたら頑固に支持し続ける土地柄です。今は市長個人の反乱ですが、徐々に市民の革命ないし一揆のような状態になるのではないかと思います。


私は、阿久根市民は竹原市長の一連の行為を支持しており、現状は一種の革命のようなものではないかと感じています。違法行為が正しいとは思いませんが、他方で手続に従っていては全く前に進まないことももはや明らかです。このような閉塞状態の中にあって革命のような状態に至ってしまったことも理解できなくもありません。何よりも忘れてはいけないのは、この硬直化した地方自治のシステムを作ったのは公務員です。地方自治法は公務員に私物化されてしまっているのではないかという思いがあります。


阿久根市のケースは日本で最初の革命なのかもしれません。そろそろ国や県は全力で潰しにかかるでしょう。どこまで続くかわかりませんが、私は公務員の目線ではなく市民の目線で注視していきたいと思います。


※追記 デイリーポータルZで、阿久根市の様子が紹介されています。最後のページには市長の人気ぶりが記されていました。