参議院選挙候補者がつぶやくのは本当に違法なのか

鳩山前首相が辞任ずる前後にインターネット選挙運動の解禁が話題になっていました。これは、公職選挙法の改正案が成立するかしないかの問題で、結局、菅首相は改正案の成立を見送りました。そのため、一般にインターネットで選挙運動をすることは違法だと認識されています。


しかし、インターネットで選挙運動することは現行法でも違法ではないと思います。どうして違法だという解釈がまかり通っているのか疑問でなりません。


まず、最初に知っておかねばならないことは、インターネットでの選挙運動を禁止する根拠です。インターネットでの選挙運動を禁止する根拠とされる条文は公職選挙法142条と146条です。この公職選挙法142条や146条は選挙運動に際して「文書図画」の配布を一定数に制限するものです。この規定は、ビラなどを大量に配布することで裕福な者が有利になり、貧しい者が不利になってはいけないという考えから定められたものです。


ここでまず問題なのは、この公職選挙法142条や146条には「文書図画」とは書かれていますが、「インターネット」や「電磁的方法」などとは書かれていない点です。立法した時点でインターネットは存在しなかったので当然です。立法者(国会)はインターネットというメディアの存在を認識していないので、インターネットによる選挙運動について一切価値判断をしていません。インターネットによる選挙運動は明確に禁止されていない以上、原則に立ち戻って表現の自由として許されるということです。


では、なぜインターネット選挙は禁止されていると考えられるようになったのでしょうか。それは、総務省の解釈で、インターネットは「文書図画」にあたるとされたからです*1。一般的にどう考えてもインターネットは「文書図画」にはあたりません。なぜ、法律の世界だけインターネットは「文書図画」になってしまったのでしょうか。


その答えのヒントは文書偽造罪の判例にあります。日本では、原本を偽造して偽のファックスやコピーを作る行為も文書偽造罪にあたります。ファックスやコピーも文書偽造罪の「文書」にあたるとした判例があります*2。このような判例がたくさん蓄積されることで日本では原本ではなくてもいいということになりました。
これに対して、ドイツではファックスやコピーは「文書」にはあたらないとされました。立法時にはコピーやファックスは存在しなかったのだから、立法者がコピーやファックスを「文書」とは考えていなかったという理由です。罪刑法定主義という考え方があり、世界的にはこのように考えるのが一般的です。
しかし、日本の判例においては「文書」の範囲がかなり緩やかに判断されてしまいました。そのため、文書偽造罪とは全く関係ない公職選挙法の「文書」まで、拡大解釈されてしまったのです。


しかし、これは極めて保守的な解釈で、誤った解釈です。文書偽造罪は、文書の社会的信用を維持するための法律ですから、文書の社会的信用を維持するという目的を実現する範囲である程度の拡大解釈がなされることはやむを得ないと言えなくもありません*3
これに対して、公職選挙法の「文書図画」の配布制限は、印刷物を大量に配布するにはお金が必要だった当時、貧富の差で選挙運動の内容に差がついてはいけない、金権政治を防止し公平な選挙を実現しようという政策的な目的で規定されたものです。
インターネットは、いくら使っても印刷代がかかるわけではありません。貧富の差で選挙運動の内容に差がついたりしません。インターネットでの選挙運動は、「文書図画」を配布する行為とは全く事情が異なり、公職選挙法142条や146条で禁止しなければならないものではないのです*4。そのため、「文書図画」をいくら拡大解釈しても、インターネットでの選挙運動を禁止することは不可能です。
インターネットでの選挙運動が公職選挙法で禁止されているというのは、誤った解釈と言わざるを得ません。


それでは、なぜ総務省(旧自治省)は、このような誤った解釈を公式見解としているのでしょうか。それは、責任を取りたくないというお役人体質が原因です。仮にインターネットでの選挙運動を認める解釈をして認めた場合、何か問題が起きたら突き上げられるのではないかとおびえます。そのため、できる限り保守的な解釈をしようとします。ほとんど屁理屈としか言えないような理由であってもかまわず担当部署の公式見解という権威で正当化します。やっていることは、ただの「事なかれ主義」で、最低の「お役所仕事」です。


しかし、総務省の公式見解は、上記のように誤りと言わざるを得ません。実際、この総務省の公式見解を支持する判例は一切ありません。これまでにも総務省の公式見解を無視した人もいます*5が、起訴された例はありません。公判を維持しなければならない検察とすればやりたくないのでしょう。上記のような立法趣旨を考えれば無理筋の事件としか言いようがないからです。


赤信号みんなで渡れば怖くない」とはよく言ったものですが、総務省が出した「赤信号」は本当の「赤信号」ではないのです。検察や裁判所は何も判断していないのですから、今はまだ「信号」は存在しないのです。
ですから、候補者がブログを更新し、ツイッターを使えば良いのだと思います。インターネットの利用は「文書図画」配布制限の立法趣旨とは全く関係ありませんので、処罰する根拠を欠きます。一人だけではいじめられるかもしれませんが、大勢でやれば、特に与党の現職改選組の候補者が組織的にやれば立件などできません。


必要なのは公職選挙法の改正ではありません。人が歩いていない道を歩く勇気だけです。


※2010年6月28日追記
北大の町村教授がインターネット選挙のその後についてエントリーを書かれています。それによればどうやら誰も更新していないようです。

*1:衆議院議員逢坂誠二氏のブログの「Twitterと選挙」というエントリーに総務省からの回答が掲載されています。

*2:さらには、むじんくんのような自動契約機に設置されているイメージスキャナで偽造文書をスキャンすることも文書偽造にあたるとした判例があります。

*3:それでもコピーやファックスは解釈の限界を超えていると思いますが・・・。

*4:立法趣旨や立法事実から考えて、インターネットをも禁止したものと読むことは逆立ちしても困難なはずです。

*5:阿久根市長のケースが紹介されています。警察は任意の事情聴取をしたようですが、なんら処分をしませんでした。書類送検したそうですがその後の動きはありません。阿久根市長が何も言わないところを見ると検察は取り調べをしていないようです。他にも政党では自民党民主党は公示後にホームページの更新をしていますが警察や検察は一切動いていません。wikipedia:ネット選挙参照。