消費税増税議論について考えてみる

いま、日本中で消費税増税に関する議論が盛んです。そこで、これまでの議論をまとめた上で、私の考えを書きたいと思います。


ブログ上の消費税の議論のまとめ
まず、消費税増税に賛成する議論としては、金融日記の藤沢数希氏や、アゴラ池田信夫氏が先頭に立っています。


これに対して、404 Blog Not Foundの書評で有名な小飼弾氏は、消費税増税に反対の立場から主張されています。


これらの議論にはいくつかの論点がある*1のですが、主な論点は「消費税の逆進性」の有無です。消費税の逆進性とは、逆「累進制」のことで、所得が低い人ほど税の負担率が高くなり、所得が高い人ほど税の負担率が低くなることを意味します。そして、消費税は一般に逆進性の強い税だといわれています。この辺りは、上記の議論やwikipedia:消費税を参照していただければわかるかと思います。なお、消費税の逆進性を否定する論者は、生涯所得を全て消費することを前提とし、複数税率制や給付付き税額控除の導入などによる調整を主張していますので、現行の消費税制度とは制度が異なっている点に注意が必要です*2
いずれにせよ、消費税の逆進性の議論は古い議論であり、消費税に逆進性があるというのは税法の通説*3です。いくら増税推進派が主張しても消費税の逆進性を否定することは難しいでしょう。


今の日本は直接税が中心
ところで、消費税の増税について考える前提として、今の制度の何処が問題なのかを先に考えておきましょう。これまで日本では所得税法人税が税収の柱でした。戦後、複雑になっていた間接税を廃止し、直接税である所得税法人税を税制の柱にして税制を簡素化したのです。これを直接税中心主義と言います。


所得税について
所得税は、今も昔も世界各国の税収の大黒柱といえる存在です。しかし、日本ではかねてよりクロヨンないしトウゴウサンピンの問題があり不公平だといわれて来ました。実際、個人事業主個人消費で領収書をもらっているのを見ると、サラリーマンは腹が立つでしょう。かつてはサラリーマンは少数派で、個人事業主よりも生活が圧倒的に安定していたこともあったので、問題は大きくなりませんでした。しかし、現在はサラリーマンが多数派になり、サラリーマンの地位も不安定になったことから、所得税は批判にさらされていると説明されます。この点は、確かに不公平かもしれませんが、法律はサラリーマンが個人事業主になることを禁止している訳ではありません。サラリーマンには個人事業主には認められない給与所得控除もありますし、それでも嫌なら個人事業主になって税制上のメリットを享有すればいいのです。
それよりも、所得税の累進制強化には大きなメリットが有ります。所得税の累進制を強化しても、貯蓄に回るはずだったものを税として徴収し国家が再分配するだけなので消費に大きな影響を与えないのです。サラリーマンの給与は景気によってもさほど上下しませんので税収も安定します。不況の今は、低所得者(年収300万円くらいまで)の所得税減税*4所得税の累進制の強化がベストな方法だと言えます。
ただ、意思決定をする高級官僚や国会議員は、所得税の累進制を強化すると自ら支払う税額が増大するのでやりたがりません。実現は難しいでしょう*5


法人税について
法人税は、儲かったところから取るという応能原則に基づいた極めて公平な制度だといえます。ただ、法人の利益に依存するので、景気がよくなると税収が伸びますが、不景気になると税収が減少します。現在では税収が安定しないと否定的に捉えられていますが、かつてはこれをビルトインスタビライザー機能として肯定的に評価されていました。
法人税が高税率だと日本の競争力を阻害するという主張がありますが、あまり正しくありません。日本の市場で稼いだ利益には日本の法人だろうが外国の法人だろうがいずれにせよ日本の法人税が課せられますし、海外で稼いだ利益には日本の法人だろうと海外の法人だろうと海外(現地)の法人税率が適用されるので、日本の法人税率が何%であろうとお互いに公平です。法人税を下げれば海外からの投資が期待できるとの声もありますが、法人税よりも為替の影響の方が圧倒的に大きいですから、あまり効果は期待できないでしょう*6


財務省法人税を嫌う本当の理由は、法人税は「節税」や「租税回避」が容易だという点にあります。
法人税は法人の利益に課税されますので、何らかの費用支出をすれば利益を圧縮することができます。ほとんどの中小企業は利益が出たら車を買い換えるなどのあまり緊急性のない支出をしてチョイクロやチョイアカの決算を作ります。大企業でも例えば西武グループはかつて黒字になりそうだったら借入をして利息で利益を圧縮していました。
それでも日本の市場が拡大している間は、日本のどこかで利益が溜まっていた(大抵は金融機関や製造業)のである程度の法人税を徴収することができていました。しかし、現在、日本市場は縮小均衡で利益は殆ど出ておらず、国内市場だけではほとんど赤字の状態です。日本企業の殆どは中国などの海外で稼いだ利益を移転した結果、わずかに黒字になっているだけなのです。
日本企業が海外で稼いだ利益は一旦海外にある現地法人に入り、それを必要に応じて日本法人に移動させることになります。しかし、法人税を支払うために利益を移転するのはもったいないので、海外の法人税率が低い国(例えば香港やシンガポールなど)に利益を滞留させ、日本法人に利益を移転しないケースが増えてきました*7。こうすると日本法人はほとんど赤字ですので日本に法人税を払う必要がなくなります。これが近年、法人税額が減少した大きな理由です。近年のGDPなどを見る限り景気は横ばい状態でありながら法人税額が急激に減少しているのは、景気が悪いからではなく、上記のような国際的な「租税回避」によるものなのです*8
経済がグローバル化し、日本市場が縮小均衡状態にある現在、海外で稼いでいる法人に対して日本で法人税を徴収することがとても難しくなっているのです。



財務省の思惑
結局のところ、財務省が消費税増税にこだわるのは、税収を確保しやすいからです。消費税は付加価値税と呼ばれたりしますが、法人の売上高*9に対して課せられる税です。法人の利益に課せられる法人税とは異なり、企業の業績に関係なく一定割合を徴収します。ただ、法人に利益もないのに課税すると法人が潰れてしまいますので、法人に対しては税額分について値上げすることを認めています*10


大企業(特に上場企業)は増収を目標にすることが要求されていますので消費税を支払いたくないからという理由で売上高を故意に減少させることは考えられません*11。また、中小企業にあっても、売上除外は対面調査をすれば簡単にわかります。さらに、インヴォイス制度を導入すれば脱税はほとんど不可能といえるでしょう。


消費税は国内での売上高に対して課税されますが、これを国外に移転することは不可能です。そのため、法人税のように租税回避をすることも極めて難しいのです*12


そのため、消費税は実態のある法人はほとんどの場合、正確に支払わなければなりません。均等割以外の法人税を支払っている法人が全体の1割にも満たないのとは大きく異なります。フェアといえばフェアですし、なによりも財務省国税庁)はとても楽です。これに対して、法人税は上記のように徴収がとても困難なのです。
消費税を増税すると税収が安定するというのは、景気の問題ではなく、徴収が容易だという事なのです。この点は、逆進性の議論の影に隠れて、あまり指摘されていません。


これで財務省法人税の減税と消費税の増税をセットで要求していることが理解いただけたかと思います。



日本は消費税を増税すべきなのか
それでは、日本は消費税を増税すべきなのでしょうか。私はアナーキストではありませんので、国家の税収を維持しなければならないという観点から検討したいと思います。


まず最初に考えなければならないのは、本当に法人税では国家財政は維持できないのか、という点です。海外に溜まった利益に課税するためのいろいろな手段*13は存在しますが訴訟になる可能性も高く万能ではありません。また、やりすぎると外交問題を引き起こしてしまいます。アメリカのような軍事大国なら恐喝まがいにやることも可能でしょうが、日本はアメリカのようにはできないかもしれません。
日本の市場が高齢化と人口減少で縮小均衡にある以上、法人税は徐々に先細りしていく運命にあるといえます。ただ、法人税が先細りする運命にあるからといって減税すればいいという話ではありません。法人税減税によって利益を得るのは日本国内で利益を出している企業(海外に逃げられない企業)に限られます。日本国内の法人税率が高かろうと海外に子会社を設立している日本企業の国際競争力に大きな変化はありません。そのため減税するメリットがほとんどないのです。むしろ、以前の水準程度まで税率を上昇させるべきだろうと思います。


次に考えるべきなのは所得税増税です。所得税の累進制強化で国家財政を維持できるでしょうか。私の手元には資料がないので試算はできないのですが、高所得者層はほんの一握りなので総額としてはそう大きくならないと思います。低所得者層の減税とセットで実施するならプラスマイナスゼロになる程度ではないかと思います。減税をせずに累進制の強化だけをするとしても所得税増税だけで国家財政を維持するのは難しいかもしれません。


その他にも相続税贈与税を含む)や固定資産税(地方税だが)などの資産税を強化すべきという主張もあります。私は消費税を増税するのであれば、その前にこれらの資産税の税率を上げるべきだと考えます。税はそもそもあるところから取る(応能負担)のが原則なのです。


消費税は徴収が容易ですが、逆進性が強く、応能負担の原則に反しています。また、消費税の増税は、消費性向の高い低所得者層を直撃し、景気に直接打撃を与えます。これを甘く見ることは許されません。橋本内閣が消費税を2%増税したために景気が悪化したことを忘れてはいけません。
あらゆる税の増税を検討・実施し、それでも足りない場合に限って消費税の増税を検討することが許されると考えるべきです。しかし、現時点では、消費税の増税だけが先走りしていて、他の税については全く議論されていませんので、現在の消費税増税議論は安易だといわざるを得ません。


現時点で消費税増税の機が熟したなどとは言えません。私は消費税増税には賛成できません。

*1:消費税増税推進派のブログには消費税に関するメリットが数多く指摘されているのですが、ほとんどはデタラメです。例えば地下経済からも徴収できるとありますが売春クラブの経営者が消費税を収める訳ではありません。売春婦が消費する際には平等に消費税を支払うというだけの話です。ごく一部の悪質な者を基準にして消費税は公平だと主張するのは議論を歪んだものにしてしまいます。他にも消費税はプライバシーを守るという主張もありますが、消費税を増税しても所得税がなくなることはありません。それよりもインヴォイス制度が導入された場合には、すべての消費がインヴォイスで把握されプライバシーが侵害される可能性もあります。消費税増税推進派の主張のほとんどの部分はあまり成熟したものとは言えません。

*2:そして、消費税の逆進性を緩和しようとして一部非課税制度や複数税率制度を導入すると、制度が複雑になりさらなる不公平感を生んだり、商売に対する障害になる場合もあります。例えば、食料品を非課税にするとしても、松阪牛キャビアも非課税にすべきなのでしょうか。他にも、仮にテイクアウトは非課税、外食は20%という税制を採用したとして、イオンのフードコートのような場所で買う場合、外食でしょうか、テイクアウトでしょうか。外食扱いになるのが嫌な人はテイクアウトで買ってフードコートではない場所にある椅子に座って食べるかもしれませんし、フードコートでのテイクアウトを法律で禁止してしまうかもしれません。消費税増税派は、消費税はまるで夢の税制であるかのように主張しますが、消費税の税率が上昇すると税制が複雑化することは各国の例をみても明らかで、各国ともそこから生じる問題を解決するために苦労している事を忘れてはいけません。消費税は増税推進派が主張するほど万能ではないのです。

*3:金子教授、清永教授、水野教授、岡村教授など、主だった租税法の教授は皆、消費税には逆進性があることを前提として議論されています。また、世界中で付加価値税に逆進性があることは当然の前提となっています。今更、税の素人が否定して説得力を持つような話ではありません。

*4:低所得者は消費性向が強い(いつもお金が足りない)ので減税の効果が大きいのです。これに対して高所得者層は貯蓄に回る可能性が高いので減税の効果はほとんどありません。むしろ税として徴収し再分配(ニューディール)した方が経済は活性化します。

*5:。ただし、上場企業の取締役の報酬が公開され始めた影響で、今後、この流れが変わってくるような気もしています。特に1億円を超えるような報酬に対してはかつてのように最高税率が7割でも良いのではないでしょうか。この場合にも、消費に回らない分を再配分することが目的なので、家を新築するとか自動車を購入するなどの一定の消費をした場合には何割かを所得控除するという制度を採用しても良いかもしれません。

*6:また、日本法人の利益を課税されずに海外に移転するスキームなどいくらでもありますので、法人税率がネックになることはほとんどないでしょう。

*7:滞留させた利益は再度、海外で投資に使われることが多くなっています。そのために産業の空洞化が増々進行するといわれています。

*8:そして、国際的な租税回避を防止することは日本だけの問題ではなく、外交問題になる場合も多いことからかなり困難なことなのです。移転価格税制などを使い、無理やり海外に滞留する利益に課税することも考えられますが、かなりの確率で外交問題になります。

*9:正確には総売上に対する消費税の総額から仕入れの際に支払った消費税の額を控除した額になります。

*10:これに対して、法人税の場合、税率を上げても商品を値上げすることは建前上許されていません。

*11:同族会社などでは利益はあえて支出に回すことで減少させることもありますが、売上は単純に会社の規模が小さくなってパイが減るだけですのでどんな経営者も株主も従業員も望みません。

*12:今のように消費税の制度がシンプルな内はいいのですが、税率が上がり非課税の品やサービスが増えると租税回避しやすくなることも念のため指摘しておきます。例えば外食は20%、食料は非課税という制度だとすると、ハンバーガーを店内で食べると20%高くなります。そのため、客はテイクアウトして、店の外で食べるようになります。店は外で食べる人が増えるので、店の外に椅子を置くようになり、結局客はテイクアウトの値段でテラス席で食べることになります。複数税率制や一部非課税を採用すると、こういった消費税の負担回避行為が徐々に行われていくことが考えられます

*13:移転価格税制やタックスヘイブン税制など。