文章の書き手としての「仁義」や「マナー」って?

はてなブックマーク界隈で話題になっている記事があります。id:katamachi氏の「10年前に僕が作成した鉄道未成線資料400件がそのままWikipediaにパクられた話」です。


どういう話かというと、id:katamachi氏が10年前に作成した鉄道未成線資料400件がWikipediaにそのまま転載されていたが、それは文章の書き手としての「仁義」や「マナー」に反するのではないか、という話です。最終的にはWikipediaが削除するか存続するかを決定すること*1ですが、このid:katamachi氏の記事について私なりに思うところがあったので記事にしてみました。


転載されたWikipediaの記事は「未成鉄道の執行路線一覧-Wikipedia」ですが、現在白紙化されていますので、編集履歴を参照してください。id:katamachi氏は、自著の資料をまるまる写されていると主張されています。私はid:katamachi氏の著作を所有していませんので確認はできませんが、id:katamachi氏の「Wikipediaの記事とまるっきり同じです。路線毎の資料の並べ方まで全く同じ」という主張が正しいという前提で考えていきたいと思います。なお、私は鉄道マニアではありませんので、鉄道に関する知識などで間違いがあるかもしれません。間違いがありましたら指摘していただけると幸いです。


この話には問題が2点あります。まず、この転載行為がid:katamachi氏の著作権を侵害しているのかという点です。著作権が侵害されているのであれば不法行為ですから、仁義やマナーの話以前の問題です。
次に、著作権の問題を度外視したとして、転載行為は文章の書き手としての「仁義」や「マナー」に反するのか、という問題です。id:katamachi氏は

著作権とかには詳しくないんですが、文章ではなく、こうした資料というのはコピペしても問題ないのですかね。あまりにも堂々と記事になっているのでちょっと不安に思えてきました。著作権が侵害されたどうのこうのというより、文章の書き手としての「仁義」や「マナー」はどうなんだろうか。そちらの方が気になります。

と述べられており、著作権侵害よりも「仁義」や「マナー」の方が問題だと考えておられるようです。しかし、日本は法治国家でありますし、違法であれば当然に許されないという結果になりますので、私としましてはまず著作権侵害について検討し、その後に「仁義」や「マナー」違反について検討したいと思います。


それでは、ウィキペディアン(Wikipediaを執筆している人)がid:katamachi氏の作成した鉄道未成線資料400件をWikipediaに転載した行為は著作権を侵害しているのでしょうか。
著作権法は著作物を保護する法律ですが、その第二条一項には「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義しています。「思想又は感情を創造的に表現したもの」でなければ著作物として認められず保護されないのです。つまり、思想や感情と関係のない単なる「事実の羅列」や「データ」には著作権が認められないことを意味します。よく言われる例としては、歴史年表は「事実の羅列」であるため著作物ではないとされます。
今回のid:katamachi氏の作成した鉄道未成線資料は「事実の羅列」ですので、著作物ではありません。


ただ、著作権法は、「事実の羅列」であっても「その素材の選択又は配列によつて創作性を有するもの」は、著作物として保護しています(著作権法第十二条「編集著作権」)。そこで、id:katamachi氏の作成した鉄道未成線資料400件について、その素材の選択又は配列によつて創作性を有するか否かが問題となります。そして、id:katamachi氏は、鉄道の「未成線」を羅列していることから、「未成線」という定義に創造性があるのかが問題となります。
id:katamachi氏は、「未成線というのは、鉄道会社などが計画しただけで実現しなかった鉄道線」と説明されていますが、このような未成線の概念は、行政(鉄道省運輸省国土交通相など)が鉄道を管理するうえで当然に使っていたと考えられます。そのため、創造性や独自性があるとは言えないでしょう。おそらく、行政にはid:katamachi氏が作成した資料とほとんど同じ内容の資料(より詳細かもしれませんが)が存在するだろうと思います。
この点についてid:katamachi氏は、「読者の方とWikipediaの編集者の皆さんへ」という記事で、

未成線」とは、主に監督官庁であった鉄道省運輸省、そして鉄道会社の間では了解されていた言葉でした。「主に工事施行認可を受ける前の免特許線に対して使われていた」「近年、鉄道マニアの間でも知られるようになった」「国鉄の未完成路線を『未成線』と呼称するのはあまり正しい表現ではない」などの状況を指摘し、定義付けをしたのは私です。

と述べ、自らが定義付けをしたと主張されています。しかし、id:katamachi氏は「未成線」を「監督官庁であった鉄道省運輸省、そして鉄道会社の間では了解されていた言葉」と指摘しています。このことからも、「未成線」とは、行政が使っていたいわゆる業界用語であったことを認めています。そして「業界用語」は一定の範囲で互いに了解された言葉ですから、そこに創造性や独創性は認められません。
結局、「未成線」という定義付けやその選択において創造性が認められる可能性は低く、編集著作権が認められる可能性も低いと思います*2


もう少しわかりやすくいうと、id:katamachi氏も鉄道省運輸省、鉄道会社が使っていた業界用語である「未成線」という他人のフンドシで相撲をとっているのではないかと思うのです*3。そのため、創造性を認めることは難しいように思うのです。

結論として、id:katamachi氏の作成した鉄道未成線資料400件に著作権が認められる可能性は低いのではないかと思います。


次に、資料の転載行為は文章の書き手としての「仁義」や「マナー」に反するのでしょうか。
この点については、私がわからないのは文章の書き手としての「仁義」や「マナー」とはなんぞや、ということです。id:katamachi氏はこの点について、何が「仁義」や「マナー」なのか、明確に述べておられないように思います。
「仁義」や「マナー」という言葉は、他人を批判するときに使い易い言葉で、時たま耳にしますが、あまり使うべきではない言葉だと思います。なぜかというと、「仁義」や「マナー」は他人に強制できないし、下手をすれば「仁義」や「マナー」について非難することは名誉毀損に当たる可能性があるからです。
「仁義」や「マナー」というのは、すべての人が了解しているわけではありません。書面になっているわけでもないので内容を確認する術がなく、客観性がありません。古い村やコミュニティなら、慣習としてある程度明確な「仁義」や「マナー」が共通認識として存在しているかもしれませんが、インターネットは世界中に広がっており、そのような非成文の「仁義」や「マナー」を共通認識として相手に要求することは不可能です。
「仁義」や「マナー」というのは、顔のわかる狭い範囲でしか通用しないゆるやかなルールで、見ず知らずの人に要求できるものではないのです。
それにも関わらず、インターネット上の見ず知らずの人に対して「仁義」や「マナー」で非難するのはあまり感心できません。あまり「仁義」や「マナー」を強調して他人を非難しすぎると、一歩間違えばヤクザの恫喝*4と同じような物になってしまうように思います。
相手は見ず知らずのウィキペディアンなのですから、近代社会のルールである法律論によって抗議すべきだと思います。そして、仮にウィキペディアンが法的に間違っていないなら非難はできないはずです*5。法をおかしていない人を公然と仁義に反するとかマナー違反だと非難するとすれば、それは名誉毀損と言わざるを得ないのではないかと思います*6


以前、私は全く別のブログで全く知らない人から「マナー」違反を指摘されたことがあります。今回のケースとは違いますが、参考になると思うので少し脱線します。
ある飲食店のレビューを買いた時の話です。「ここのシェフはきちんとした修行を受けていないのではないか」というようなことを書いたことに対して「マナー違反だ」と非難されました。私はその店でお金を払って実際に食べ、きちんと修行したシェフであれば絶対にしないであろう基本的な誤りをいくつも犯していた事から上記のような記述をしたのです。
私は、おそらく法を犯しておらず、ブログ運営会社からも一切修正を求められたりはしませんでした。おそらく「マナー」違反というのは言いがかりに過ぎないものだと思うのですが、何度も繰り返し避難されたためかなり疲れました。「マナー違反だ」と主張する方は当たり前のことだと思っているのでしょうが、避難された方は「マナー」には客観性がありませんので一体どうして良いか分からず非常に困惑します。あまりひどい場合にはヤクザの恫喝とほとんど変わらないと思えてくるものです。
共通認識として「仁義」や「マナー」を共有している人に対して指摘するならまだしも、インターネット上で見ず知らずの人に対して「仁義」に反するとか「マナー」違反だというのは、「お前のことが気に入らない」と言っているのとたいして変わらないのではないかと思います。


最後に、id:katamachi氏の汗は保護されなくていいのか、という話をしたいと思います。
例えば私がNTTの電話帳の内容を写して新しい電話帳を作ったとしてもNTTは抗議などしてこないでしょう(この場合、個人情報保護の点は度外視します)。NTTは電話帳を作るために汗を流しています。しかし、電話帳が著作物ではないので保護されないのは当然のことです。
そもそも、情報というものは自由に流通させることができるのが原則です。けれども、その例外として、百数十年前から著作物に限定して著作権という権利を認めるようになりました。これは、著作物を創造する人を経済的に保護することで創造を促進しようという政策に基づいているのです*7。そのような著作権法の趣旨からすると、保護される著作物の範囲は自ずと限界があります。
また、仮に著作物の範囲があまりに広範囲におよぶと逆に他者の創造活動を阻害してしまいます。保護の範囲が広ければ広いほど良いというものではないのです。
結局、私は、id:katamachi氏が(行政を除いて)最初に汗をかいたことは讃えられるべきことだと思いますが、それが著作権法で保護されるとは思いませんし、保護されるべきだとも思いません。


id:katamachi氏が汗をかいた情報が共有されることで、人類に対して何がしかの影響を与えることができたのだから、その点をポジティブに考えた方が良いのではないかと思います。

*1:削除に関する議論は「Wikipedia:削除依頼/未成鉄道の失効路線一覧 - Wikipedia」で行われています。議論は削除が優勢です(ただし、削除は多数決で決まる訳ではありません。)。Wikipediaの削除に関する議論をいくつか見ていくと、著作権侵害の判断が微妙なケースでは削除に賛成する意見が多くなる傾向があることに気付きます。おそらく削除の議論に参加する人は刑務官と同じ心理状態ではないかと想像しています。また、殊の外訴訟リスクを過大視している傾向があるように思います。削除の議論は他人の表現の自由を侵害する可能性があるのですから、もう少し慎重になった方が良いのではないかと思います。

*2:なお、裁判上、編集著作物として著作権が認められたものとしては、英語の辞書や英単語帳などがあります。辞書や英単語帳にどの言葉を掲載するかという判断は、すべて編集者の自由であり、その選択には創造性が認められます。業界用語である「未成線」という言葉の定義を元に「未成線」を全てピックアップする作業とは次元が違います。

*3:「仁義」や「マナー」という話になりますが、id:katamachi氏は「未成線」に関する資料を作成・公開するに際して行政や鉄道会社に対して挨拶したのでしょうか。「未成線」に関する資料が公開されることでその周辺を探索する人が増えたかと思いますが、行政や鉄道会社にとって人が来ると迷惑な話かもしれません。撮り鉄が線路に入り込んで問題になっていますが、「未成線」探索も安全管理上の問題があるように思います。その辺りについてきちんと行政や鉄道会社と話をした上で公開したのでしょうか。

*4:誠意を見せろというのは典型的な例だと思います。仁義にこだわるのもヤクザの特徴ですね。

*5:なお、本件のウィキペディアンがid:katamachi氏の著書を引用ないし参照しながら、引用(参照)文献としてid:katamachi氏の著書を指摘していない点はウィキペディアンの落ち度であろうと思います。引用(参照)文献を指摘するというのは、Wikipediaのルールに違反しているからです。しかし、これが仮に個人の趣味のページであった場合、非難するのは極めて難しいように思います。

*6:実名を摘示していないなど、厳密に名誉毀損と言えるかは争いがあると思いますが、ここでは置いておきます。

*7:著作権はいわゆる人権ではありませんので、人が生まれながらにして当然に有しているというような性質の権利ではありません。著作権法があってはじめて保護される権利です