在日アメリカ軍の抑止力について考える

普天間基地移設問題が鳩山政権の命取りになったことは記憶に新しいですが、少し在日アメリカ軍基地の抑止力について考えてみたいと思います。


アメリカ軍は、陸軍、海軍、空軍、海兵隊の4つの組織からなり、アメリカ大統領が最高司令官となっています。
アメリカ陸軍は陸上での戦闘を任務としています。主に戦車と歩兵ですが、ヘリコプター部隊もあります。イラクアフガニスタンの市街地で戦っているのは主に陸軍と海兵隊ですが、海兵隊の性質が攻撃に特化されているのに対し、陸軍は防御的な性質も有しています。
海軍は海からの攻撃を担当します。主な装備は、空母、イージス艦、潜水艦です。空母は艦載機からの攻撃を目的としています。日本にもジョージ・ワシントン が配備され、横須賀が事実上の母港となっています。艦載機や船に装備しているミサイルは海軍の装備です。
空軍は戦闘機、爆撃機、ヘリコプター、ミサイルなどを用いて空から攻撃する部隊です。地上から発射するミサイルも主に空軍の装備です。
その他、アメリカ軍の特徴としては、海兵隊の存在があります。いわゆる急襲部隊で、真っ先に敵地を攻撃することがその任務とされています。海兵隊は、艦船やヘリコプターなどの装備を保有し、一体的に運用しています。アメリカ軍の中でもっとも規模が小さな組織でありながら、最も訓練が厳しい精鋭部隊とされます。


在日アメリカ陸軍は、沖縄県のキャンプ座間に司令部を有していますが部隊は2000人程度です。主力部隊はほとんどアメリカ本国に撤退しており駐留は形式的なものといっても良いでしょう。
在日アメリカ海軍は、横須賀基地に司令部を有し、厚木飛行場と佐世保基地に駐留しています。艦船の整備などを担当する地上部隊は6000人、第七艦隊の乗組員は1万3000人程度で、日本に駐留する米軍の本体といっても良いでしょう。日本に駐留するアメリカの艦船には核兵器が搭載されているというのが暗黙の了解でしたが、近年、核持ち込みの密約が明らかになりました。いわゆる核の抑止力は、海からの抑止力と地上からの抑止力に分けられますが、海の抑止力はこのアメリカ海軍の原子力潜水艦イージス艦が主力となっています。
在日アメリカ空軍は、横田基地に司令部を有し、沖縄県の嘉手納と青森県の三沢に飛行場があります。人員は約1万3000人で、主に戦闘機、ヘリコプターなどの整備を担当するものが主力です。沖縄の空軍基地には抑止力として核兵器が配備されていると考えられています。
在日アメリ海兵隊は、実戦部隊の第3海兵遠征軍と基地部隊の在日米海兵隊基地部隊の2系統の部隊が駐留しており、人員は合計で1万6000人程度です。両者とも司令部は沖縄県内に存在します。
在日米軍の規模は、合計でおおよそ5万人ということになります。


鳩山前首相は、日本には核の抑止力さえあれば十分なので、「海兵隊は抑止力として必要ない」と考えていたようです。この「海兵隊は抑止力として必要ない」という考えは、海兵隊は他国を攻撃するための軍隊であって、日本の防衛とは関係ないし、核の抑止力とも関係ない=海兵隊は抑止力として不要だ、という説明をします。
たしかに、在日アメリカ軍のうち、核兵器を常に装備しているのは海軍と空軍とされています。在日海兵隊核兵器を装備していないという点は正しいでしょう。だからこそ「海兵隊は抑止力として必要ない」という主張が盛り上がり、現実味を帯びたのだろうと思います。
しかし、「海兵隊は抑止力として必要ない」というのは誤りといわざるを得ません。問題は核兵器保有する在日アメリカ海軍と空軍の基地に対する攻撃を抑止する必要があるという点なのです。海軍や空軍は、海からの攻撃や空からの攻撃には自ら対処することが可能ですが、ゲリラ的に上陸を試みられ攻撃を受けた場合には自力での対処は困難です。アメリカ陸軍はわずか2000人しかおらず、緊急時に即応できません。集団的自衛権さえ正面から認めることのできない日本の自衛隊在日アメリカ軍基地を防衛することなどできないでしょうし、その能力があるとも思えません。即時に海軍や空軍の基地周辺に海兵隊を派遣可能だという状態が基地攻撃に対する抑止力になっているのです。
つまり、核の抑止力は在日アメリカ海軍と空軍の存在から生じているのだけれども、在日アメリカ海軍と空軍が無事に任務を遂行するためには、海兵隊という機動力のある陸上戦力が必要なのです。そういった文脈で考えると、日本に「海兵隊は抑止力として必要」なのです。


では、アメリ海兵隊は本当に沖縄にいなければならないのか、考えて見ましょう。確かに、仮想敵国とされる中国や北朝鮮に近いという点で沖縄は地理的に好条件です。しかし、地理的には九州や中国地方の日本海側もほとんど同じ条件といえるでしょう。この点だけを考えれば県外移転は可能だといえなくもありません。
しかし、本当に問題となるのは、核兵器を配備していると言われる基地は沖縄にあることです。緊急時に海兵隊が守らねばならない基地は沖縄にあるのです。遠ければそれだけ対応が遅れます。そのため、米軍は一体でなければならず、海兵隊を移転するなら全ての在日アメリカ軍基地を一緒に移転する必要があるのです。海兵隊だけを沖縄県から離れた場所に動かすことはできないのです。


鳩山前首相が、「学べば学ぶほど米海兵隊の抑止力が分かった」というのは、このような海兵隊の役割と沖縄における在日アメリカ軍の一体性についてレクチャーを受けたということだろうと思います。軍事的に考えれば当然のことですし、政権を担当した政治家の一部や防衛省や外務省では共通認識となっていた話でしょう。
しかし、このような話は日本の政治家や評論家の共通認識となっていませんでした。たとえば鳩山前首相はもともと自民党出身で細川内閣のときは内閣官房副長官を経験していますし、小沢一郎前幹事長は自民党の幹事長・国務大臣経験者でしたが、正しい認識を持っていなかったようです*1共産党社民党ならいざ知らず、民主党自民党の幹部経験者でさえ、米軍の抑止力について正しく認識していないのです。おそらくマスコミなどまったく知らなかったでしょう。日本中のほとんどの人が正しく認識していなかったにもかかわらず鳩山前首相だけを責めるのは酷な話だったように思います。


では、なぜ日本の政治家や評論家は、在日アメリカ軍の抑止力について正しい認識を持っていないのでしょうか。いろいろな理由が考えられますが、主に核密約問題に起因していると思われます。
戦後日本は、旧ソ連の脅威の前に、アメリカの核の傘に入る必要がありました。ここでいう「核の傘に入る」とは、アメリカと軍事同盟を結ぶという政治的な行為だけでなく、日本国内に核兵器を配備するという軍事的な行為を伴うものでした。
しかし、終戦間際に広島、長崎に原子爆弾を投下され、極めて大きな被害を受けていた日本では、核兵器に対する世論が厳しく、アメリカと軍事同盟を結ぶという政治的行為を行うのが限界で、日本国内に核兵器を配備するという軍事的行為を行うことは不可能でした。仮に正直に説明した場合、当時の情勢からすれば保守政権は崩壊したでしょう。ソ連寄りの政権が生まれ、内戦状態になっていたかもしれません。
結局、日本政府は、与党自民党さえも欺いて、核抜きでアメリカと軍事同盟を結ぶと説明し、アメリカとの間では「核持込の密約」を結びました。当時の状況からすればギリギリの判断だったと思われます。「核持込の密約」は密約ですから、ごく一部の者しか知りえないこととして代々引き継がれてきました。時々噂は流れましたが、実際に密約の存在を知りえたのは政府の中枢のごく一部と外務省、防衛省(当時は防衛庁)だけだったのです。そして、密約の具体的な内容は与党政治家の幹部さえも知りえない状態だったのです。


核密約そのものの評価は歴史が判断することですが、遅くとも1990年頃には明らかにすべきでした。この時期であれば、既にソ連にかつての力はなく、日本が共産化する恐れもも内戦状態になる恐れもありませんでした。当時はまだ日本に経済力もありましたし、日本にはアメリカの核があるという事実を日本国民が冷静に受け止め、次の時代にどう対処するかを議論することができたのではないかと思います。
しかし、当時の自民党政権や、その後の細川政権、村山政権では、核密約の存在自体を明らかにせず、問題を放置し続けました。うやむやにし続けたことで、正しい認識をできる人間が育たなかったのです。そのことが、現在の普天間問題の失敗につながったのです。


すべての在日アメリカ軍基地を沖縄県外に移転するなど、戦時中でもない限り不可能です。ですから、沖縄の方には大変申し訳ないですが、日本がアメリカと軍事同盟を結び続ける以上、そして、アメリカの核の傘の下にい続ける以上、アメリカ軍の基地が沖縄に存在し続けることをあきらめていただくしかありません。
そして、こういった厳しい現実を多くの国民が考えるきっかけとなっただけでも、鳩山前首相の挑戦には意味があったと評価したいと思います。そして、この厳しい現実の前には沖縄の感情は無力だということも徐々に理解されていくことでしょう。
沖縄は、戦後の歴史において最大の理解者であった鳩山前首相を退陣に追い込んでしまいました。もはや、沖縄の主張を代弁してくれる与党政治家はいません。残ったのは無責任で政治的に無力な社民党だけですが、非現実的な要求を繰り返しても普天間問題は前に進むことはありません。普天間問題が前に進まないことで一番被害を受けるのは沖縄の人たちです。沖縄の人々も厳しい現実を理解して前に進む決断をする必要があるのです。

*1:もしかしたら小沢一郎は正しく認識しながら在日アメリカ米軍の完全撤退を考えていたのかもしれないですが、彼も認識不足だったと考えた方が正しいように思います。