日本の財政を健全化する道筋

景気後退がつづいていてなかなか前に進まない日本で、この期に及んで消費税を上げなければ財政破綻するという言説がまことしやかに流れています。たしかに国債がここまで膨大に膨れ上がると「このままでは財政破綻する」ことは間違いないでしょう。国債に関するあらゆる数値はどれをとっても異常としか言いようがありません。破綻まで3年とも5年ともいわれていますが、概ね正しい認識といえるでしょう。この点を否定できる人はいないと思われます。
しかし、日本の財政は「消費税を上げればなんとかなる」という単純な話ではありません。率直に申し上げると、日本の財政は消費税をあげたくらいではどうにもならないし、消費税をあげた瞬間に財政破綻する可能性さえあります。景気後退期の消費税増税は消費に重大な悪影響を与える極めて危険な行為で、やってはいけません。
消費税増税財政再建の唯一の道だと信仰している政治家や経済評論家が多いのは本当に困った話です。日本の財政にとって最も重大な懸念材料は彼らだといっても過言ではないと思います。現在の日本の財政にとって消費税の増税は自爆スイッチです。


財政再建するにはふたつの方法がある
それでは、どのにすれば景気に悪影響を与えず(むしろ景気刺激をしながら)財政再建することができるのか考えてみましょう。
まず、財政を再建するには、おおきくわけると2つの方法があります。ひとつは増税に代表される歳入を増やして借入額を減らす方法です。もうひとつはインフレを起こして貨幣価値を下げ借金の実質的な量を減らすことです。
そして、このふたつの方法は、それぞれが干渉したりしないので、同時にふたつの方法を採用し実行することも可能です。


増税について考える
それでは、増税について考えてみましょう。景気が悪化しないという条件のもとでは、増税すれば歳入が増えますので借入額を減らすことができます。
増税には、収益及びキャッシュフローに対するの課税と、資産に対する課税があります。日本の税制でいうと、収益に対する課税は所得税法人税キャッシュフローに対する課税は消費税、資産に対する課税は相続税や固定資産税(地方税)があります。日本の税制は、基本的に収益とキャッシュフローに対して課せられています。
増税と景気の関係を考えてみましょう。法人税は法人の収益に対して課税するので、景気の影響を受けやすく、不景気になると急激に税収が減少します。これに対して、給与は人の生活に直結しますので多少の不景気でも下げにくいものですし、最低限の消費活動は人が生きていく上で不可欠なので、所得税と消費税は影響を受けにくい税です*1
次に、増税が景気に与える影響を考えてみましょう。収益や資産に対する課税はほとんど景気に悪い影響を与えません。なぜなら、収益や資産は、経済活動の結果生じるものであって、経済活動の意思決定に何ら影響を与えないからです。資産課税に限って言えば、強化されると資産が流動化するのでむしろ景気がよくなる傾向があります。これに対して、消費税の増税は、消費者にとっては給料が上がらず物価が上昇するだけなので消費意欲を減退させます。景気に悪影響を与えるのは消費税の増税です。
課税には社会的な問題が生じるために国民の抵抗が強くなることもあります。例えば、資産に対する課税は財産を所有していることに対して課税されるため、自宅を失う場合などには抵抗が強くなります。逆に、収益に対する課税は、利益のあるところから取るため、比較的取りやすい税であると言えます。フローに対する課税は、税の負担を他に転嫁することができるため抵抗が弱いといわれますが、現実には多くの中小企業が消費税を価格に転嫁できておらず、消費税の支払に苦しんでいますのでかなり抵抗が強いと思われます。
現在の日本において景気に悪影響を与えない範囲で増税するとすれば、法人税所得税相続税増税が望ましいと言えます。課税政策としても、まずは儲かっている会社、人、そして豊かな人が率先して国家財政の破綻回避のために納税すべきです。消費税の増税は景気に直接悪影響を与え、弱く貧しいものの生活をさらに悪化させるだけなので最悪の愚策です。どうしても消費税を増税するというのであれば、食料品や灯油などの生活に不可欠な部分は非課税にするという逆進性の緩和をしなければ国民の合意は得られないでしょう。


インフレについて考える
次に、インフレを起こすこともひとつの方法です。インフレが起きると物価が上昇して現金の価値が下がります。これは、現金が目減りするということになるので、実質的な現金に対する課税といわれることがあります。インフレは、単なる物価の上昇、貨幣価値の低下だけでなく、資産に対する課税という側面もあります。また、インフレが起きると借金の返済が容易になりますので、企業や個人がリスクを取りやすくなり経済が活発化します。金融機関や投資家にとって、インフレ下では現金や利率の低い国債で運用しても目減りするので、企業融資を積極的に行うようになります。不動産の値段も名目上は上がりますので不動産取引も増えますし、自治体の固定資産税収入も増えます。
インフレに誘導すると景気対策になる一方で、国家財政にとっては借金返済が容易になります。インフレが起きれば、法的に増税しなくても名目上の税収が増えるのです。政策決定として、緩やかなインフレを設定して現金に課税することも、財政再建のひとつの有効な手段です。
インフレは歴史において何度かコントロール不能になったことがあるため、あまり印象がよくありません。非現実的だという人もいます。たしかに、近年ではジンバブエの悪性インフレは非常に有名です。このインフレがジンバブエにこの世の地獄を生み出したと言っても過言ではないでしょう。しかし、このような悪性インフレは国家の財政破綻だけが原因ではなく、政治体制や実体経済の破綻がその根底にあります。日本のように民主主義が定着し政治体制が安定していて、実体経済がうまく回っている国では悪性インフレは絶対に起きません。僅かなインフレ率を設定し管理することはそう難しいことではありません。


日本はデフレ状況にある
バブル崩壊後、日本経済は深刻なデフレ状況にあります。ディスカウントストアの成長と百貨店の衰退を見るだけでも明らかでしょうし、もっともデフレの影響が出やすいアルバイトの賃金もバブル期の半額程度まで下落しています。政府の発表がどうあれ、実体経済は長期的に見てデフレ状態にあります。
デフレが続けば名目的な経済規模が縮小しますので税収は増えません。むしろ景気が後退するので乗数的に減少します。デフレ下では、これほどまでに膨れ上がった国債を返済するのは不可能ですし、近い将来、借り換えさえできなくなるでしょう。デフレは国家財政にとって致命傷になります。早急になんとかしなければなりません。


景気を悪化させてはいけない
現時点で国の歳入はおよそ92兆円(うち税収は37兆円)、日本の国債はおおよそ633兆円です。日本政府はプライマリーバランスの均衡さえ実現できず、先延ばししています。また、バブル崩壊後20年以上に渡り概ね景気は停滞しています。それにもかかわらず、消費税増税国債を返済できると考えるのは非現実的です。景気が回復しないのに消費税を無理に増税しても実体経済に取り返しのつかない打撃を与えて経済がますます混乱してしまうだけです。
現状において、日本政府がとりうる手段は多くありません。ひとつは、景気を悪化させない増税、つまり所得税法人税相続税増税、もうひとつはインフレ誘導政策です。


所得税法人税増税
所得税法人税といった収益への課税は、経済活動の結果にする課税なので、消費税とは違って経済活動に直接の打撃を与えません。
所得税は、日本で得た所得の全てに課税されますので、海外へ逃げることもできません。優秀な人が逃げるという議論がありますが、簡単に逃げたりはしません。まず、日本ほど治安がよく成熟した市場はありません。言語という壁も分厚く立ちはだかります。逃げられるのは英語か中国語で仕事ができる人だけですが、それでも日本での収入以上の収入を得るのは相当に困難が伴なうでしょう。仮に日本から逃げるのが簡単だったとしても日本の労働市場は税率の下落で簡単に戻ってこられるほど流動性が高くはありません。日本に帰って来られなくなります。それでも税金が高いから日本から出て行くなどという人はほとんどいません。
法人税に関しても同じことが言えます。法人税法においても、日本での活動で得た収益は日本に納税してもらうのが原則ですか。法に抜け穴があるのであれば塞げばいいだけです。治安がよく実態が伴っている日本の市場は景気が悪くても魅力的ですし、社員の大半が日本人の会社が海外に本社を移すことなどありえません。逃げることができるのは日本に実態のない会社だけです。日本に実態のある会社は法人税がいくら高くても逃げません。海外に逃げるコストの方が圧倒的に高いのです。
そもそも、法人税は利益に課税されるため利益を調整することで納税額を調整することが容易にできます。租税回避の方法も研究されており、容易に税負担を軽減することができます。法人税は企業のモラルに依存する税なのです。「法人税の税率が高いからら逃げよう」と考えるような企業は、逃げたりせずにありとあらゆる手段を講じて法人税の負担を回避するだけです*2
相続税が逃げにくい租税であることは武富士元会長の長男の相続税に関する事件などから容易に想像がつくと思われます。
いずれにせよ、経済に影響を与えずにできる増税として、所得税法人税相続税増税がありますので、これらの増税を先行すべきです。


インフレ誘導政策
インフレを起こすのは、簡単です。日本銀行が現金を大量に刷ってヘリコプターでばらまけばいいのです。バーナンキFRB議長のお墨付きの方法ですから、間違いありません。
もちろん、ヘリコプターでばら撒くというのは冗談だし、技術的に細かい問題点がたくさんありますが、現金を大量に供給するという政策は現実的な方法です。
しかし、日銀の官僚達はインフレもデフレも悪で貨幣価値を維持することが正義だと信じ込んでいますので、この政策には賛同しないのが問題です。日銀法を改正し、日銀の独立性という名の官僚支配を廃する必要があるかもしれません。


これらの政策を実現できれば10年で財政再建は可能です。必要なのは政権を安定させ、同じ政策を継続することです。しかし、日本の政権はどうしても不安定で、短命になるよう宿命付けられています。財政破綻を回避することは難しいのかもしれません。一度破綻してからの処理の方が外圧を利用できるのでやりやすいのかもしれません。

*1:不景気になれば所得税も消費税も減少します

*2:ただ、租税回避を放置しておいて良いというものではありません。租税回避を許さない法制度を構築する必要性があります。